人気のペンチとニッパーを作るスリーピークス技研のこだわり

ファクトリーギア コンセプトスタジオTOKYO(旧 東京店)は、世界的にもマニアの集まる秋葉原にあり、他のお店とは違う意外な商品に人気が集まりますが、そのコンセプトスタジオで「模型プロプラスチックニッパー」という、かなり個性的なニッパーが売れています。ほぼ指名買いされる、知られざる人気工具。その正体とこだわりはなんなのか? 業界でも工具マニアで有名な、スリーピークスの五十嵐さんにお話を伺いました。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

スリーピークス技研とは?

株式会社スリーピークス技研は新潟県三条市に本拠地を置くメーカー。五十嵐さんに「会社のご紹介はプライヤー専業メーカーということでよろしいですか?」と聞いたところ、即座に、

「いやいや、プライヤー専業メーカーではなく、ペンチ・ニッパー専業メーカーにしてください。うちは“ペンチは刃物である”と言っているくらい、切ることにこだわった工具メーカーなのです。ですからプライヤーという握りもの工具を作るイメージとは少し違うのです」

と言い返されてしまいました。ではまず、切ることにこだわったペンチ/ニッパー専業メーカーのルーツから聞こうではありませんか。

スリーピークスは昭和15年、小山清七氏によって新潟県三条市で創業されました。当初は改装した自宅で機械の部品加工屋としてスタート。その後、部品加工からフライス盤などの機械を製造する、いわゆる機械屋として会社の基礎が作られていったのだそうです。何と、その当時自社で開発した機械は、三条の製造メーカーで現在も稼働されているものがあるというのですから、創業者の小山氏が当時から高い技術をもった職人であったことがわかります。

そして、創業者がフライス盤という切削機械を製造する技術者だったと聞いたとき、スリーピークスが「ペンチは刃物」とこだわるルーツは、もしかすると会社の創成期に育まれた、切ることへのこだわりからくるものなのかもしれない、と思いました。

ペンチ・ニッパー専業メーカーへの歩み

「スリーピークス」の名称は工具メーカーとしてはかなり新しいイメージがありますが、機械メーカーだった時代から使われていたものということで、会社を設立した企業者の息子3人がコヤマの和と協力を願って名付けられたものだということ。当初はブランド名として使われていましたが、平成5年には正式な会社名として採用されたそうです。

ペンチ・ニッパー専業メーカーとしての歩みをスタートしたのは昭和40年頃。朝鮮戦争後の不況により機械メーカーとしての路線を変更し、自分たちで持っている機械で作れるものは何かを考えたとき、加工する工数の多い、モンキー、ニッパー、ペンチが候補に上がったそうです。

モンキーに関しては、三条にはトップ工業、北陽産業という既存の工場があったのに対して、ニッパー、ペンチは3社あり、将来性があると思い決断したということですが、工作機械メーカーとして歩んできた歴史を考えれば、「切る」工具作りのほうがモンキー作りよりも感覚的にフィットしたという面もあったに違いありません。その後、昭和50年代頃からは日本の多くの製造メーカーが東南アジアに進出したということもあり、品質の高い日本の工具へのニーズが高まり、輸出が会社を成長させる原動力になったのだそうです。現在の輸出の比率は50%。日本人があまり知らない世界ブランドの工具のひとつといえるでしょう。

なぜ今「模型プロ」なのか?

さて、今回の取材の本題「模型プロプラスチックニッパー」誕生の背景について五十嵐さんに伺いました。

「もともとは会社の企画としてできたものではなくて、2009年の6月頃、キャラクター・フィギュアメーカーとして有名な『グッドスマイルカンパニー』から、プラモデル用の超薄刃のニッパーを作れないか?という話が来たことがスタートだったんです。実は私は、子供の頃からプラモデルが大好きで、入社当時から、なぜこれだけたくさんニッパーがあるのに、プラモデル用の専門ニッパーがないのか?という大きな疑問も持っていたんです。ですからこの話が来た時に、やっと作りたかったニッパーが作れるぞ! と思ってドキドキしました」

とのこと。しかし五十嵐さんの話を聞いても、プラモデル用のプラニッパーが一般的なプラニッパーとどう違うのか?正直よくわかりません。

プラ用とプラモ用は全く違う

「そもそもプラスチック用ニッパーは、突起が出ないでまっすぐ平らに切れることが大事なんですね。それに対してプラモデル用ニッパーは平らに切れるだけではなく、切り口の美しさがとても重要なんです。一般的には、プラモデルにはオルファかNTのデザインナイフが必須で、ニッパーではダメという認識が強かったのですが、これをニッパーのみで美しい切り口を作ることができるのが『模型プロプラスチックニッパー』なんです」

模型プロと従来のプラニッパーで切ったプラスチックの断面比較。その差は一目瞭然!
この美しい切り口を実現するためには、一般的なニッパーのように「パチン」と切るのではなく、「削ぐ」ように切る必要があり、そこで一般的なプラニッパーの刃の角度が45度程度なのに対して、25度まで刃を鋭利に砥ぎ、さらに片刃にすることで相手を両側から潰して切るのではなく、まるでまな板に置かれたものを包丁で切るようなフィーリングを実現しているのだそうです。これによりプラモデルに使われている、スチロール樹脂やABS樹脂をカッターで削ぐように切り取ることが可能になり、ニッパーでありながらこだわりの美しい切り口が可能となったというわけです。

しかし、弱点もあります。それは、限界まで薄く作ったことにより耐久性が劣る点。熱処理で何とかならないか? という声もありますが、熱処理で出せる硬度には限界があり、今のところこの切れ味を維持したままで耐久性を高めるのは難しいということです。しかし、プラモデルに使われるスチロール樹脂とABS樹脂を切っている分には大きなダメージをすぐに受けることはないので、あまり心配はないということ。注意したいのは、ガラス繊維が入っているものや金属線、そして意外なことに爪には使わないでください、とのことでした。

専業メーカーが機能を特化して作る

スリーピークス技研の会社のルーツや成り立ち、そして今も工具作りのテーマとして掲げている「ぺンチは刃物」の看板。握りもの工具の中でも刃を持つ握りものにこだわったメーカーが、さらに模型にフォーカスして作る工具。こだわりの日本人がこだわりの工具メーカーに依頼して作られた工具というのは世界的に見ても極めてレアな、特別感のある工具だと思います。趣味も生き方も多様化する現代。もしかすると、求められるのはこういった特別な性能を持つ工具なのかもしれません。

より美しい切り方のコツ

プラモデルは子供の頃からの趣味という五十嵐さんが、工具の性能を発揮してよりキレイに切る方法を見せてくれました。「何となく普通にパチンって切ってしまいがちなんですが、薄く、削ぐように、1mm分を3~4回に分けて切るイメージです。このニッパーなら0.2mm単位で切れますから、辛抱強く、丁寧に切ってみてください」。最初は難しくコツが必要でしたが、何回か練習すればわりと簡単にキレイな切り口になりました。

グッドスマイルカンパニー

特徴的な「刃の裏見せパッケージ」
一般的にはニッパーのパッケージは商品の表側を見せるようにパックされますが、キャラクターフィギュア向けに特化したニッパーとしてのディスプレイでは、刃の薄さを強調したいからか裏側を見せるようにパックされています。

注目のトラスネジプライヤー

もうひとつ、刃物ペンチではないですがスリーピークス技研の商品で2013年から急激に注目を集めている工具が「トラスねじプライヤー」です。ここ数年、頭のつぶれたネジを回す工具として、エンジニアのネジザウルスが大ブームとなりましたが、プロの技術者から地味に評価を集め、口コミでプロマーケットに浸透してきたのは、実はこちらのトラスねじプライヤーでした。もともとスリーピークス技研がこの形のプライヤーを作ったのは10年近く前ということでしたが、開発の当初からダイヤ型のデザインを踏襲したものにしたいというアイディアがあり製品化されたそうです。ダイヤ型は3点保持という、丸いモノをつかむ際に安定して力を加えられる形状として、ドイツのクニペックス社がウォーターポンププライヤーに採用したデザインで、その能力は広く工具ファンに知られています。

またスリーピークス技研では150、175、215mmという3つのサイズを用意したことで、プロの現場で必要とされる多彩なサイズのビスに対応することができたというのも、プロから評価を高めた理由だと思われます。現在のモデルは2009年に改良が加えられもので、先端の縦溝がお椀のようにえぐられています。このデザイン変更により、トラスネジなどの頭の薄いものをくわえたときに引っ張り上げるような力が発生するようになったということです。

この特集は高野倉匡人「工具の本vol.7」の掲載記事をWEB用に再構成したものです。