レンチの種類と特徴 トレンドを探れ!~前編~

レンチを持つことは、もうひとつの関節を手に入れること。レンチを手にすることで人の手はパワフルになり、回せなかったネジを簡単に回せるようになります。そして、その手の一部となるレンチには多くの種類があり、ちょっとした角度や形状の違いが手本来の機能を微妙に変化させることになります。このコーナーではレンチの、ちょっとした違いに注目してチェックしてください。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

レンチのトレンドを変えたギアレンチ

ここ10年間、レンチにおけるトレンドを作ってきたのは間違いなくラチェットメガネレンチだったといえるでしょう。1990年代初めから中ごろにかけて、台湾のKABO社が作りドイツで大ブームを起こしたのがギアレスのラチェットメガネレンチ。その後、現在はダナハーグループで「GEAR WRENCH」社に属する台湾のリーウェイ社がギアタイプのレンチを作りました。これが現在、世界中のレンチのトレンドを変えてしまったラチェットメガネレンチのルーツです(ちなみに、今も正式にギアレンチを名乗れるのはこのグループのものしかありません)。

かくいうファクトリーギアも1996年頃、当時のKABO社のラチェットメガネレンチを台湾から輸入して販売したことがあります。当時の日本ではSANKI(SUNKY)やKTCなどで同様のラチェットメガネレンチが販売されてはいましたが、台湾のギアレンチとは構造も全く違い、ギア枚数の多いもので故障も多くありました。

当時の日本のプロメカニックの間では、ギア付きのレンチなどよほど特別の場所でない限り使うことはない、どちらかといえばDIY的な工具としてみられていたのです。よって、結果的に時期尚早の輸入であったKABOのラチェットメガネレンチは、ファクトリーギアの店頭でも販売に苦心したことを覚えています。

そして、こんな日本での傾向を大きく変えたのはやはりアメリカでした。もともと新しいものや便利なモノに敏感なアメリカのメカニックは、この風変わりな台湾工具をひとまず使いだしました。すると、72枚のギアのメガネ部は予想以上にトルクフルに使え、プロユースに十分に耐えうることがわかり評判となったギアレンチは、この頃からアメリカで爆発的なヒットとなったのです。

NHRAとギアレンチ

私は2005年にアメリカで取材した時のことが忘れられません。アメリカを代表するドラッグレースのNHRAでは、パドックでメカニックたちが工具のデモンストレーションさながら観客の前でマシンをいじる。そんな彼らが手にしていたレンチのほとんどがギアレンチだったのです。当時の日本では、まだ台湾工具への不信感や偏見があって、ギアレンチに対しても一部の先進的な若手メカニックしか手にしていませんでした。

これは確実にギアレンチの時代が来るなあ、と思っているうちに、あっという間に日本でも大ブームとなりました。その後のことは工具ファンであれば十分すぎるほどご承知の通り。世界中からラチェットメガネレンチが続々と生まれ、ドイツの有名ドライバーメーカーのヴェラまでもが作るほど、時代はラチェットメガネレンチに動かされたのです。

そして、原点回帰

本文でも触れているファコムの40R。10数年ほど前の大ブームの時にはプロメカニックの3人に1人は持っているというくらいの人気レンチでした。
そして、ここ数年、ラチェットメガネレンチのフィーバーと相反するようにスタンダードタイプのレンチの開発が疎かになっています。フランス、ファコムの名作40Rという早回し機能をもったコンビネーションレンチがカタログから姿を消し、ドイツ工具の両頭メガネも日本向けのサイズの組み合わせを作ることを止めてしまいました。しかしレンチはラチェットメガネレンチだけあればよいわけではありません。コンパクトなメガネ部も左右両方を切り替えることなく使えることもとても重要な機能なのです。私は、ようやくまた、スタンダードなレンチのシンプルな機能にユーザーの関心が戻っていることを実感しています。次の新しいトレンドがスタンダードレンチになることを望む工具ファンも少なくないのではないかと思いますので、今回はラチェットメガネレンチではないスタンダードなレンチをできるだけ紹介します。

コンビネーションレンチ

プロムツールのオリジナル4。「オーロビルの街でアメリカンツールを見る。」
メガネとスパナを一本のレンチにしたのがコンビネーションレンチ。その形状は1800年代からありますが、15度のアングルを付けたスパナ部と15度のオフセット角のメガネ部を組み合わせた現在の形のルーツは、1933年にアメリカ・プロトの前身であるプロムツールが作ったものだといわれています。アンバランスだからこそ美しいシルエットのコンビネーションレンチは、今もレンチの最高傑作だと私は思っています。

スナップオン

スナップオンはコンビネーションレンチの種類も他メーカーとは比べ物にならないほど豊富です。長さは、ショート、ミジェット、スタンダード、ロングと4種類。写真の2本のスタンダードタイプの見た目は似ていますが異なる種類。よくみるとスパナ部分に違いがあります。スパナ部分がフラットなモノが「FlankDrive(フランクドライブ)」、溝が刻まれているものが「FlankDrivePlus(フランクドライブ・プラス)」と呼ばれる機能を持っています。スパナはメガネと比較するとネジに対しての接触ポイントが少ないため、高トルク作業には不向きとされますが、この溝が接触ポイントを増やし滑り止めの機能となるのです。

スナップオン フランクドライブコンビネーションレンチ(OEXM100B)
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フランクドライブプラスコンビネーションレンチ(SOEXM10)
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※写真左がフランクドライブプラス、右がフランクドライブ

KTC

KTCが、工具を長年使いこなしてきた熟練工の意見を取り入れ、究極のレンチ作りにチャレンジした結果生まれたのがプロフィットシリーズ。その機能性と美しさに惚れ込み、私は色々なメディアで何度も取り上げてきた傑作レンチの特徴を今回も紹介します。

KTC プロフィットシリーズコンビネーションレンチ(MS30-10)
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出来る限り薄くし、必要最低限のトルクであればよしとする潔さによって生まれたスリムなデザインは、ドイツ工具をモデルにしたといわれています。

プロフィットコンビネーションレンチのメガネ部の立ち上がりは、角度ではなくスパナ部の幅で設定されています。35mmという高さが、使い手にとってベストのボジションという見解です。

DEEN

DEEN クイックコンビネーションレンチ(DNC-10QS)
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目視できない奥まった部分も、ネジに押し付けるようにスパナを回せばまるでラチェットメガネのようなフィーリングで使うことができる早回し機能付き。店頭でのデモンストレーションで「おぉ!」の声が上がる頻度がとても高いレンチです。

DEEN DIN型コンビネーションレンチ(DNC-10DIN)
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メガネ部分を75度オフセットしたデザインは欧州で人気のタイプ。この深めの立ち上がり角度が、障害物を避けながら360度レンチを回すことを可能にします。アメリカンなデザインのスタンダードタイプと比較すると全体的にスリムな形状で、メガネ部分の外径も薄くなっている点にも注目です。

スタビレー

ドイツのスタビレー社は、会社のロゴマークにコンビネーションレンチを採用しています。デザインとして採用しているだけではなくスパナの曲り角度、メガネ部分の薄さなど実物を忠実に再現しているのがいかにもドイツらしいデザインです。

スタビレー コンビネーションレンチ(14-10)
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特徴的なスパナ部のアングルは、トルクが集中するポイントをハンドルの中心になるようにしているため。独特な梨地の風合いは、手間を掛けたブラスト処理が施され、一般品では1対1で作られるクロムとニッケルの比率を、ニッケル12ミクロン、クロム0.3ミクロンという独自の割合にすることで生まれたもの。軽くて強いI型ボディー、薄いメガネ部の絶妙の立ち上がり角度など、工具ファンにはたまらないディテールに溢れたドイツ工具の傑作といえるでしょう。

ハゼット

ハゼット コンビネーションレンチ(600N-10)
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スリムな貴婦人的スタビレーに対して軍人的とでも評したいハゼットのコンビネーションレンチ。軽量でありながら、握ってみると独特の不思議な剛性感が伝わってきます。指先に刺激が伝わるレンチに彫り込まれたロゴは、なんと滑り止めの機能となるように計算されて作られているのだというから驚きです。産業系の技術者が愛用するスタビレーに対して、オートモーティブ系のメカニックからの人気が高いのもハゼットの特徴といえるでしょう。

ミトロイ

薄口コンビネーションレンチ(TCW-10)
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茨城県の水戸がルーツのミトロイの工具。もともとはインパクトソケットが製品ラインアップの中心だった工具メーカーでしたが、最近は個性的なレンチも作っています。注目ポイントはスパナ部分だけでなくメガネ部分も薄くなっていること。写真の10mmだと厚さは4mm。メガネ部分まですべて同じ厚さというこだわりようです。

アサヒ

アサヒ LIGHTOOLコンビネーションレンチ(LCW0010)
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従来品に比べ、平均で28%の軽量化を行っていて、写真の10mmでなんと21gと超軽量。バイカーの携帯工具として、飛行機に持ち込める荷物の重量が制限される海外出張組のエンジニア向けとして、そしてなぜかドイツのこだわりショップでも注目されていた、なんとなくアチコチで気にされちゃうデザインのレンチなのです。

  
~後編へ続く~

この特集は高野倉匡人「工具の本vol.7」の掲載記事をWEB用に再構成したものです。