こだわりの工具 Ko-Ken(コーケン)の「Z-EAL」。その裏話を聞く

株式会社 山下工業研究所(以下コーケン)は、日本の工具ファンから通好みのメーカーとして認められる特別な存在です。なかでも2010年に登場した新ラインアップの「Z-EAL」はコーケンらしい個性豊かな工具として、しっかりとファンを広げています。今回はその「Z-EAL」の開発に深く関わってきた、自他共に認める工具マニアのコーケンの森田さんにお話を伺いました。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

Z-EAL開発のコンセプトは?

2008年に開発がスタートしたZ-EAL(ジール)。そのきっかけとなったのは、2009年にコーケンが会社設立50周年を迎えることを記念して、何か新しいトレンドになる商品を作ろうではないか! という声が社内で高まってきたことにあったのだそうです。当時社長であった鈴木庄司氏の元、2009年にプロジェクトが本格始動。開発・製造部門だけではなく、森田さんも含めた営業部門(当時)も巻き込んで、多くの社員が工具についての夢を出し合い、新しい工具を生み出すという、創造的でエキサイティングな空気のなか開発が進んだそうです。

そして、コーケン社員の夢を乗せ、「Z-EAL」は予定より少し遅れた2010年8月に発売されました。開発コンセプトは「コンパクトでフレッシュなデザイン」と、いうもの。「KTCさんに例えれば、上位高級ブランドのネプロスを誕生させたのとは異なり、従来のラインアップをコンパクトなデザインに変更し、現在のスタンダードラインとなった21世紀バージョン(注1)を開発した際のコンセプトに近いのかもしれません」と、森田さんは静かに語りました。

注1)現在販売されているKTCのスタンダード工具。発売当初は「21世紀バージョンツール」とよんでいました。

Z-EALの大きな特徴は?

ソケットのデザインは、背の低さについては当時一番コンパクトだったディーン、肉厚についてはネプロスといったように、市場でコンパクトな商品を意識したそうですが、すでに限界近くまでコンパクト化されている他社を凌駕するデザインを生み出すために、技術的に難しかった部分も少なくなかったそうです。

たとえば、ソケットの13mmから上のサイズは六角部分の外側に刻印を打つのですが、ソケットの肉厚を限界まで削いでいるので0.01mmレベルの歪みが出てしまう。こういった部分にも気を配りながら、極限までのコンパクト化にチャレンジしたのだそうです。また、Z-EALのソケットでよくいわれる、キッチリとした六角二面幅についても、実際のはめ合いフィーリングを大切にし、かなり意識して作られているとのこと。

Z-EALを多ギアにしなかった理由は?

Z-EALのラインアップ中、最もその個性を感じるのは、世の中で多ギアラチェットが主流となったタイミングで、36枚ギアという、ひと昔前に主流だったギア数を採用したことです。その理由については、

「当時主流の72枚ギアではなく小判型の36枚にしたのは、耐久性の面でやはり小判型のほうがいいのではないか? という見解からです。50Nmで1分間に30回を5万回という耐久テストの結果がその根拠となっています。多ギアは半掛かりになったときにトラブルが起こりやすいのですが、これを避けるためにスプリング強度を上げると空転トルクが高くなってしまう。空転の軽さにはこだわりたかったですから」

とのこと。なるほど、空転トルクにこだわって小判型にしたというのはある程度予想はしていましたが、もうひとつ興味深い話を伺いました。

「実は多ギアで半掛かりを避けるギアの構造にすると今までのコーケンの切り替えレバーと向きが変わってしまうんですね。それでは既存のユーザーが指で覚えていた、締め緩めのレバーの方向感覚を変えてしまうことになる。あえて多ギアではなく36枚にしたのは、長くコーケンのラチェットを使っていただいているユーザーの感覚を変えたくないというのも大きな理由なのです」

こんなこだわりこそが、工具通の心をつかんで離さない、まさにコーケンらしさといえる部分なのかもしれません。

今後のZ-EALについて

こうなると、気になるのはZ-EALのこれからです。Z-EALがKTCの21世紀バージョンに近いコンセプトという面から考えると、今後、このラインが標準になるのではないだろうか? と考えたくなりますが、実際はどうなんでしょうか?

「コーケンの標準ラインアップは海外で人気なので、これを止めてZ-EALに変えるということはまずないですね。今のところZ-EALのディテールは海外ではあまり理解されておらず日本のマニア向けというような位置づけであるのは間違いないのですが、一般の人たちにも広く認知されるブランドにしていきたいと思っています」

マニアに愛される工具としてだけではなく、Z-EALのようなこだわりの工具の良さが広く多くの人に理解してもらえるようになることは、日本の工具の底力を上げていくことになり、世界に向けて日本工具の魅力を発信することにつながるのだと思います。

Z-EALと多ギアラチェットのギアの違い

写真左がネプロスの90ギア、右がZ-EALの36ギア。
ラチェットの耐久性に最も関係するのがギアの半掛かりの防止。Z-EALは写真左方向に回そうとした際、左10時の位置でギアが受けた力を右下4時の方向で受けるようになりますが、多ギアタイプは右2時の歯が食い込むようにして力を受けます。この多ギア型のほうが半掛かりになることを防止するには機能的に優れていますが、これではレバーの向きを逆にしなくてはならなくなります。空転トルクの軽さ、レバーの向きという面にこだわると、Z-EALでは36枚がよいだろう、という結論となったのだそうです。なんと、多ギアも試作されていたというので、その試作品にも興味があるが現在見ることはできなくて残念!

【オマケ】コーケンにもあったギアレスラチェット

何か面白い工具を見せてください、と森田さんにお願いして持ってきてもらったのが1/2SQのちょっと大きいラチェット。空転トルクにこだわり、ギアのレバーの向きにこだわるコーケンが丸型のギアレスラチェットを作っていたというのは意外。しかし、こういったラチェットの開発がベースにあってのZ-EALなんだろうなあ……。

この特集は高野倉匡人「工具の本vol.7」の掲載記事をWEB用に再構成したものです。