工具にまつわるギモン!なんでもQ&A

「ラジエット」ってラチェットと何か違うの?「ラジペン」は海外では通用しない?そんな不思議なギモンや巷で噂される都市伝説レベルの話まで、工具にまつわるギモンにお答えします!
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

日本にネジが最初に持ち込まれたのは火縄銃だった?

今では身の回りに溢れんばかりに存在するネジ。このネジを回すために様々な工具が作られていますが、そもそも『ネジ』というものはどういう経緯で日本に持ち込まれたのか? 諸説諸々ある中、最も有力な説が火縄銃をルーツとする説です。時は1534年。種子島に漂着したポルトガル人から火縄銃2丁を藩主の種子島氏が買い取りました。そして、その模造を命じられた刀鍛冶の名人八坂金兵衛の頭を悩ましたもの、それこそが日本初上陸の『ネジ』でした。

火縄銃はその仕組みから、銃身の奥にたまる火薬の燃えかすを掃除するために、銃尾部分で簡単に取り外すことができるパーツが必要でした。そしてその作業を簡単に行うことを可能にするものが『ネジ』だったのです。これは当時、鋲、釘、素材の組み合わせなどの方法しか知らなかった日本人には画期的なメカニズムでした。私は機会があって幕末期の堺鍛冶による火縄銃を実際に手にし、そのネジのメカニズムをチェックしたことがあります。今のような旋盤やネジきり機械のない時代にどのようなネジが作られたのか?実際に火縄銃のネジを外し、まずはそのピッチを計測してみることにしました。

雄ネジはヤスリでできても雌ネジは削れない。今のところ熱間鍛造説が有力です。(写真提供:刀剣杉田)
ピッチゲージを当ててみると4.5mmから4.7mm周辺。そのピッチには、多少のばらつきはあるものの綺麗に丹念に慎重に作られた手作り品であることが伺えます。このころのネジの製法は丸棒に糸を巻き、それにそってヤスリで削ったと伝えられ、そして、その雄ネジにあわせて雌ネジは熱間鍛造により作られたということです。日本に最初に伝わったネジもまた、現代の大方のネジの使われ方と等しく、なにかを完全に固定するためのものではなくメンテナンスをする為に必要に迫られて作られた物だったことがわかります。そしてそのネジをはずす工具も、またワンオフの手作り工具だったのでしょう。

ネジが規格化されたのはいつ頃?

ネジは一般的にネジ部の太さと六角の下から測るネジ部の長さで呼ばれます。(ネジ部の太さ X ネジ部の長さ)つまり六角の頭のサイズはこの呼び方では関係ありません。
今、私たちの身の回りにあるネジの種類は沢山あるものの、世界的に規格は統一化されていて一般的な工具を使えば大抵のネジは回すことが可能です。しかし『ネジ』というものが誕生した1800年代は、例えばひとつの火縄銃のある部分での使用に関して、支障がなければそれで良しだったわけで、規格化という概念はありませんでした。

それではいつ頃、『ネジ』は規格化されたのでしょうか?それは機械加工によって精度の高いネジの生産を可能にしたねじ切り旋盤の誕生にルーツがありました。発明したのはイギリス人技術者のモズレー。そして機械加工によって生まれたネジを1841年に発表し規格化したのが、モズレーの弟子として旋盤の研究をしていたウイットワースです。そしてこのネジの規格が今も古い英国車などで使用されている『ウイットネジ』なのです。


この『ウイットネジ』がBS規格(ブリティッシュスタンダード。つまり英国標準規格)として広まったのが1882年。ネジが規格化されてからの歴史は、人類の歴史上わずか150年程度でしかありません。しかし、この規格化という作業がなされたことで、人類は本格的なハンドツール製造へのスタートを切ることができました。

現在、世界を舞台に活躍するヨーロッパ生まれの多くのハンドツールメーカーは、19世紀後半に産声を上げ、規格化を背景に大きく成長路線へと歩みだしたのです。そしてこの規格化こそが、現代に生きる我々が、今日多くの素晴らしいハンドツールを手にすることができるすべてのはじまりだったのです。そう考えるとホント『ウイットワース』さんには感謝。古い英国車のヨレたウイットネジにも、150年前に思いをはせて感謝のキスを贈りましょう。

ソケットレンチを発明したのはスナップオン?

創業時のソケットレンチには差し込み角が9/32(7.14mm)という、今ではない規格のものも存在していました。
カチャカチャとソケットを差し替えて、1本のラチェットで色々なサイズのネジが回せる。このシステムは本当に素晴らしい。ソケットを差し替えて色々なサイズのネジを回すという機能は実用的であるばかりでなく、工具を使う喜びを味あわせてくれます。で、このソケットを交換して使うという機能は、スナップオンが最初に発明したという説がありますが、これは本当のお話。

時は1920年代初頭のアメリカ。T型フォードの量産型車が生まれ、アメリカの自動車産業はもの凄いスピードで急拡大している時代で、当然工具の需要も急増します。当時の工具はT型、L型などのハンドルにソケットが一体になっていて、10 種類のサイズに10 種類のレンチが必要でした。グラインダー製造会社のサラリーマンだったジョセフ・ジョンソンはレンチのソケットとハンドルを分離するという画期的なアイデアを思いつきます。ところが勤務先の上司には相手にされずに独立を決意。そう、この青年こそが今や世界的なハンドツールメーカーである『スナップオン』の創業者なのです。

まず、最初に彼が考案したのが 5 種類のハンドルと10種類のソケットで50種類の組み合わせを可能にしたセット。キャッチコピーは『5 Do Work of 50』(5 本で50の仕事をする)。当時は5本で50の仕事だった工具も、今ではその後考案された数々の工具と組み合わせて、もうまともに考えられないくらい無限の可能性を持つ工具となりました。今や定番のハンドツールの王様「ラチェット」の原型は、やはり工具の王様スナップオンの考案したものだったのです。それより、最初にジョセフのアイデアを相手にしなかった上司の子孫は今頃なにをしているのでしょう。そんなこともちょっと気になります。

「ラジエット」の「コマ」ってなに?

建設業界ではラチェットといえばソケット差し替え式のものではなく、このようなシノ付きのラチェットをさすことが多い。その昔『シノラジエ』という発注書に頭を抱えたことがあります。
工具や道具の世界には独特の業界用語(?)のようなものがあり、特に機械整備や建設関連の職人さんの世界には、私のような工具の仕事に携わるものでさえ理解不能な呼称で工具を表現することがあります。そんな業界用語の中で広く使われている表現に『コマ』という言い方があります。

ラチェットに使うソケットを『コマ』と呼ぶのですが、今では自動車整備のメカニックさんから建設現場まで広く使われています。恐らくクルクルと回すことから『コマ』という表現が使われるようになったのでしょう。そして『ソケット』という呼び名よりも『コマ』という呼び名が一般的な建設関連の職人気質のおじさん達は、私の経験上ではラチェットをラジエットと呼びます。つまり、ラジエットのコマとはラチェットに使うソケットのことをさすのです。

ニッカを履いた粋な職人のお兄さんがお正月にお店に来て『コマくれ!』といわれて、『うちではコマは売ってません』と新人のスタッフが真剣に答えてしまったというような笑い話が工具屋さんではよくあるのです。

ソケットは12角か6角か?

いつの頃からか、ソケットといえば6角がメインになっています。お店でも販売されるソケットの9割は6角という状況です。なぜこうも6角のソケットが主流なのでしょうか?その理由はただひとつ。6角のほうがナメにくいから。でも、果たして本当にそうなのでしょうか?国内大手のソケットメーカーにその質問を投げかけると意外なことに、厳密にはそんなに大きなトルク差は生じないという見解でした。使い勝手の面で考えれば間違いなく12 角のほうが使いやすい。なのに、なぜ12角は避けられ6角が使われるのか?色々と調べてみるとどうやら、ちょっとした固定概念やイメージだけの問題というのが事実のようです。

製造現場の観点にたつと6角よりも12角のソケットのほうが精密な製品を作るには難しく、コスト的にも6角のほうが安く作れるという側面があります。12角のソケットで公差の少ない良 質なソケットを作るには、それなりの技術が必要であるということです。つまり、しっかりとした技術を持つ工具メー カーのソケットであれば、ナメるというリスクはそんなに大きくないということ。ならば使い勝手を考えれば間違いなく12ポイントを選ぶのが正解ということになります。また、逆によく出所がわからないソケットの12ポイントはかなり公差があり、ナメやすいものである可能性が高いので、安物ソケットを買う場合 は12ポイントよりも6ポイントのものを選んだほうが安全ということになります。

以前、ソケットといえば12ポイントという時代がありました。その時にソケット製造の技術がまだまだ未熟であったメーカーが、人気があり販売しやすい12ポイントのソケットを製造したものの、製品としての完成度が低く、現場でナメたりすることが多くユーザーの信頼を失い、そこで12ポイントはナメやすい。やっぱりソケットは 6 ポイントだよね、という評判が流れたというのが6ポイント神話の真相かもしれません。

ラジペンは日本語?

ラジペンというネーミングの発祥は秋葉原だという説があります。理由は、ラジオ作りがブームだった時代にラジオ作りに使えるペンチ下さい!と当時のアキバ君たちがお店に買いきたから。たしかにその説、正しいのかもしれません。
ラジオペンチ、通称ラジペンといえば、工具を少しわかる人であればイメージできるポピュラーな工具です。当然ラジオペンチは英語なんだろうと思い海外メーカーの担当者と商談の際に『レイディオペンチ』と一生懸命Rの発音に注意しながら聞いてみました。ところが相手は首を傾げて全く理解してくれません。どうやら私のRの発音に問題があったのではなく、ラジオペンチという表現は日本国内の独特な呼称であるという事がわかりました。

海外ではいわゆる私たちが言うところのラジペンはロングノーズプライヤーとかニードルノーズプライヤーと呼ばれています。ちなみに私たちがよく使う『ペンチ』という 呼称も日本独特のものだ。海外では、このペンチもやっぱりプライヤーと呼ばれています。ついでにもうひとネタ。強力ペンチと呼ばれている典型的なペンチは刃先で紙を掴もうとすると隙間があって掴めないものが良品とされますが、ラジペンは先端が2ミリ以上密着しているものが良品とされます。ペンチを選ぶ時には紙をポケットにしのばせていきましょう。

貫通ドライバーは日本にしかないの?

一般的には貫通ドライバーのグリップのオシリの部分には、このようなスチールが使われているので見た目でだいたいわかるようになっています。
貫通ドライバーというのは、ドライバーの軸がグリップのお尻まで貫通していて、ドライバーのグリップを叩く=軸を直接叩くことができるドライバーのこと。つまり、ちょっとした隙間にマイナスドライバーを突っ込んでこじ開けたい時などにタガネのように使ったり、固着したボルトをはずすときにちょっと叩いてはずしやすくする、といった作業を可能にするドライバー。実際に作業をイメージすると、うんあるある!結構そうやって叩いて使ったりするよなぁと、いう感じなのですが、実はこの貫通ドライバーというタイプは日本でのみメジャーなタイプのドライバーなのです。

ヨーロッパメーカーの中では、スイスのPBというドライバーメーカーが貫通タイプのドライバーを作っていますが、これも日本向けの特別企画商品で全世界的にメジャーなタイプではありません。なぜかというと、ドライバーの先端形状にこだわる欧州系一流メーカーでは、ドライバーのグリップを叩くなんていう荒っぽい使い方をして、ドライバー先端を痛めてしまうことを嫌うから。

ドライバーにとっては、ビスとのシビアな噛合こそ命。つまり、そのドライバーの命ともいうべき先端を痛めるような作業方法はタブーなのです。ところが日本では貫通ドライバーが一番人気というのですから、工具にこだわる日本人でありながら、なんだか面白い話です。

トルクスビスと呼べるビスはトルクスビスだけってどういうこと?

こちらはコーケン(左3個)とKTC(右3個)両社ともにトルクスの名称を使っています。つまりライセンスを有しているというわけです。
随分昔の広告のキャッチコピーに『ウオークマンといえるウオークマンはウオークマンだけです』というのがありました。てっきりメジャーな呼称なのかと思っていた『トルクス』も実はしっかりと商標管理されたものだったのです。つまり『トルクスといえるトルクスもやっぱりトルクスだけ』だったのです。

『トルクス』といってもあまりピンとこない方もいらっしゃると思うので、ちょっと簡単にご説明。いわゆる丸い頭のビスの真ん中に六頭の星型の凹があるビスのこと。ヘックスローブビス、星型ビスなどともいわれているビスのことです。ヨーロッパ車の内装関係などで多用されているビスですが、一般的なプラスビスや六角穴のビスと比較してトルクが掛けやすくなめにくいという特徴があり、最近では色々な場所で使用されるようになっています。私はこのトルクスビスを回すための工具を輸入し『トルクス』という表現を使用して販売していたところ、アメリカ、 イリノイ州のテキストロン・ファスニ ング・システムズという会社から書状が届きました。

その内容は『トルクス』という名称を冠した商品の販売はライセンスを有するもの、すなわち『純正品』しか認めていません、というものでした。例えその工具が『トルクスビス』を回すことが可能な工具であっても、ライセンスを有していないものであるかぎりは、トルクス用工具というような表現での販売もできない、ということになるのです。

このように工具の世界にも最近は商標権、実用新案、などが数多く存在し、我々輸入販売に携わるものにとっては慎重な対応が迫られているのです。

ギアレンチの本家はメガネ&ギアだった?

左:KTCから発売されていたラチェットメガネレンチ。(現在生産終了) 右:現在主流のコンビネーションタイプ。
ここ数年の世界的なヒット工具といえば、いわゆる「ギアレンチ」と呼ばれているタイプのものです。現在、有力な工具メーカーのほとんどがこのギアレンチ系の工具をラインナップし、強力なプロモーションを展開しています。標準のメガネと比べるとギアがある分だけ厚みがあり外形が大きくなってしまうという欠点はあるものの、やはり抜き差しせずに早回しが可能で あるという機能的な長所は、世界中のメカニックに高く評価されています。

ところがこの工具、その誕生にちょっとした裏話があるようです。今巷で最も良く販売されているタイプは、どれも片側がギア駆動でその反対側にスパ ナが付いているタイプです。しかし、よく考えてみるとギアの部分は早回しに使い、反対部分は固着しているような硬いネジを最初に思い切りトルクを掛けて緩める作業に使うというのが本来のこの工具のアイデアだったはず。とすればギアの反対側はメガネであるべきなのではないかと・・・。最近はギアの部分のメカニズムが急速に進化し、以前のものに比べると本締め可能という表現がされています。しかし、本当に力を掛けるのは締めるときではなく緩めるとき。やはりメガネのほうが機能的なはず。

では、なぜスパナだったのか?どうやら、これもパテントとからみがあったようです。昔、KTCの人気商品で首振りラチェットメガネレンチ(MRFシリーズ)という製品があり、この製品がギア&メガネの形状でパテントを持っていたため、そのパ テントに触れないように開発されたのが現在主流になっているギア&スパ ナの形状なのではないかと言われています。工具の新製品開発の裏には色々なストーリーが隠されているのです。

インパクトレンチのカタログ表記の最大トルク値、信用していい?

最近のインパクトレンチの人気動向はやはり軽量パワフル系。見た目とのギャップが大きいインパクトが人気です。
エアツールの代名詞でもあるインパクトレンチ。いざ選ぶ際にカタログ表記で最も気になるのが最大トルク値。ところが、どうもこの数値が信用できない。というのはインパクトを購入した経験のある人なら誰しもが感じるところです。そこで、国内某大手エアツールメーカーに確認してみました。

日本国内の有力エアツールメーカーが表記する最大トルク数値と比較してみると、確かに海外ブランドのものは表記トルクが高いのは事実。ではなぜそのようなことがまかり通っているのか?これは、その最大トルクを計測する測定方法が異なるところにその理由があるということです。エアツールには使用する際に規定されたエアの圧力があるのですが、当然計測する際に使うエアの圧力が、規定内の最高圧力と最低圧力では最大トルクに大きな違いが出てきます。

メーカーによっては、最高圧力で測定した数値を表記しているところもあれば最低圧力での測定、中間圧力での測定など基準がバラバラであるのが現状。これでは全く表記の数値が当てにならないということになります。おおよその目安としては、海外メーカー品であれば表記の70%程度を目安に。またノンブランドの格安品の場合は50%以下の能力であることも多々あるので、くれぐれもご注意を。なによりも一番安心なのは、実際に手で触れて回してみてアドバイスをもらえるショップでの購入ということです。

しかし、基準の明確でない、いい加減な数値が平気でカタログ表記されていることのほうが大きな問題。いまや全世界がマーケットとなっていて基準作りは大変難しいとは思いますが、1日も早く、せめて日本国内レベルでの明確な基準が整えられる日が来て欲しいものです。

OEM(オーイーエム)ってなに?

左:人気のラチェットメガネもOEMで各社からリリースされています。どこがOEMしてるのか探すのも面白いですね。
右:こちらは以前ANEXがOEMしていたDEENのドライバー。
よく工具の世界で『あれは○ ○のOEMだよ。』などという言葉を耳にしますが、このOEMとは一体どういう意味なのでしょうか? OEM (Original Equipment Manufactured)とは、相手先ブランドによる製造のことを言い、生産能力を持つものの販売力のない会社が、販売力はあるが生産能力のない会社に対して、相手先ブランドでの商品の生産を行うというのが一般的な考え方です。ところが最近の工具の世界では、必ずしもこういった生産能力のあるなしでOEM契約がされるということばかりではなくなってきています。

というのも、工具の世界も地味ではありますが技術革新やマイナーチェンジが数多く行われていて、新製品の開発はメーカーにとってなによりも重要な仕事となっています。マーケットのニーズに対応して新製品を開発し、そのたびに多額の投資を行っているのではとても今 の時代の変化には追いつけません。そこで大手の超有名工具メーカーでさえ、自社内で生産する能力を持ちながらも、コストダウンの観点から他社へ製造を依頼するケースが非常に多くなってきているのです。

今、世界の有名メーカーが盛んにOEM生産を行っているのが台湾。ここ数年で台湾の工具メーカーは、はっきりと2極化へ進んできており、技術力のある工場は世界の名だたる有名ブランド工具を数多く手がけています。一方、格安大量生産の工具メーカーは、中国大陸へと移転しているのが現状です。国内ではチャンチャンバラバラの競合品が、とある工場の同じラインで製造されているということも事実。

こうなると品質の違いは生産力の違いではなく、企画力やものづくりに懸けるハートの違いということになってくるのです。

トルクレンチのトルクって何?

トルクの数値計算をわかりやすく記したものがこれ。あくまでも計算方法のようなものなので、個人的にはあまり神経質に考えなくてもよいと思います。
トルクレンチというのは憧れの工具のひとつです。クルマのホイールを締めるときにメカニッ クが奏でるカチカチという音色は、なんともいえない安心感をオーナーに感じさせてくれる。ところで、このトルクって一体なんなのでしょう?なんとなくネジを締めるときの強さなんだろうな?ということは分かりますが、イマイチ曖昧です。そこで、ちょっとマニアックですがトルクについて説明しましょう。

実はトルクというものは、モノとモノをネジで締め付けて固定する力を表すものではありません。この固定する力のことはトルクと呼ぶのではなく軸力というのが正解。実は現在でもこの軸力を測定することは極めて困難なのだそうです。しかし適切な軸力を与え、その軸力を管理することはクルマのホイールに限らず、あらゆる分野のあらゆる場面で非常に重要なのです。

もっともイメージしやすいトルクレンチの使用シーンがホイールナット。カチっという音の後にググッと締めこむようなことはしないようにしましょう。
そこで、この軸力管理を代用するものとして行われるのがトルク管理なのです。それでは実際に軸力がトルク測定値の何%を表しているのかというと、わずか10%にすぎないということです。ちなみに残りはネジ座部の摩擦が50%でネジ部の摩擦が40%。どんなに精密なトルクレンチで測定してもネジ本体の材質、磨耗度、潤滑剤、締め付け速度など数々の要因が複雑にからみ、正確な軸力を測るという事は難しいということになります。つまりトルクレンチという測定工具はきわめて精密であり、極めて不確かな工具でもあるということなのです。

カクテルのスクリュードライバーは工具が語源?

マドラー代わりのドライバーは間違いなくこんなゴッツイグリップじゃなかったと思います。きっとスリムな木柄のドライバーだったんでょうね。
スクリュードライバーというカクテルがあります。氷を入れたグラスにウオッカを入れオレンジジュー スと混ぜ合わせるだけのシンプルなカクテルは甘く飲みやすい。オンナの子を口説く時には最高の小道具だぞとその昔、悪い先輩に教えられました。そんな『スクリュードライバー』は本当に工具の『スクリュードライバー』が語源なのか?この件については工具業界を通じての情報ではなく、友人のバーテン情報からゲットしました。

その昔、ウオッカを飲み飽きたブルーカラーの労働者が、ウオッカのロックが入ったグラスにオレンジジュースを注ぎ込み、マドラー代わりに腰にぶら下げていたドライバーを使ったというのが、このカクテル誕生のストーリーなのだという。この話を聞いて工具屋の私はイメージが膨らみました。この時に使われたドライバーはきっとマイナスだったに違いない!だってマイナスのドライバーならなん となく形状がマドラーっぽい。もしその労働者の腰にぶら下がっていたのがプラスドライバーだったら、果たしてマドラー代わりに使ったか?きっと氷を砕くアイスピックの代わりにしただろう。と、いうよりもこのカクテルが誕生した当時のアメリカのネジはみんなマイナスだったはず・・・。なにもそこまで考えなくても・・・。

とにかく、スクリュードライバーの語源は工具のスクリュードライバーでした。マイナスドライバーを内ポケットに潜ませて、ちょっとバーにでも行ってみることにします。

KTC幻のDツールって何?

これがDツール。金色のスパナをモチーフとした文鎮があったそうですが、残念ながらこのセットからはなくなっていました。
「KTCにはネプロス誕生のきっかけになった幻のDツールと呼ばれる工具があるらしい」「相当カッコイイ工具なんだってよ」という話は聞いていました。実際にその工具はどんな工具なのか?当時販売の前線にいたスタッフが数少なくなってきている昨今、なかなかその時代の情報を正確に持っている人は少なくなっています。しかし、ラッキーなことに私はその幻のDツールを所有する元KTCの社員M氏から現物を拝借させて頂くき、また、なんと当時この工具セット販売の最前線にたっていたH氏からはお話を伺うことができました。

昭和56年(1981年)KTC創業者メンバーのひとりである齊藤喜一会長は、スナップオンの品質に負けない工具を作ろうという強く熱い決意を固めていました。『日本人でもここまでの工 具が作れるんだ。そういった気概を見せるべく、スナップオンに負けない徹底的に品質にこだわった工具を開発する』そうしてデラックス工具(Dツール)とよばれる工具開発のためのプロジェクトチームが編成されました。技術スタッフに営業スタッフも交え真剣勝負の大激論の末、昭和57年(1982年)に誕生したのが『TOOL SAFE』と呼ばれる工具セットです。

この『TOOLSAFE』というネーミングの由来は金庫。その箱にはつや消し縮み塗装のシボ仕上げという特殊な加工を施し、当時としては実に斬新なツートーンカラーの箱となっています。トレーにはアクセサリーに使用されるフロッキー加工の赤い高級植毛が施され、その高級感はまさに金庫というに相応しいものでした。そしてもちろん、収められた工具は当時のKTC の技術の粋を結集して作られました。

スナップオンに負けない高級クロームメッキ仕上げを追求するため、KTCはなんとひとつひとつの工具を全て手磨きで仕上げたそうです
当時工具に使用されていたニッケルクロームバナジウムの材料に、さらにモリブデンを配合し材料そのものを従来の工具から一新。今までのものとは全く違う素材作りから始められた工具は、この工具を作るためにすべて新しい型を起こし特別生産する、というコストを度外視して製造されました。

このDツール工具作りにおける素材開発という思想が、後のネプロスに使用される5GQという新素材の開発に繋がったといえます。このように商売を度外視してKTCの意地で開発された工具セットは、当時10万円という高値が設定されたにも拘らず限定3000セットはあっという間に完売。ひとつひとつの工具セットにはシリアルナンバーが打たれ、購入したユーザーは『エリートユーザー』という呼称でアフターサービスにも努めるという、当時の工具業界としては全く前例のない特殊な工具セットとなったのでした。

そして、このDツール開発というKTCの挑戦がその後昭和57年(1982年)に開発される『ミラーツール』。平成7年(1995年)に登場した NEPROS(ネプロス)誕生のきっかけとなったのです。

それにしても今から20年以上前に販売された3000セットのDツール。今でもお目にかかれるのでしょうか?当時購入したユーザーのほとんどが恐らく使用目的で購入していないことを考えると、まだまだ新品同様で眠っている可能性は高いかもしれません。20年前頃、羽振りのよかった自動車整備工場を経営する父を持つ人は探してみては如何でしょうか?

※この特集は高野倉匡人「工具の本2005」の掲載記事をWEB用に再構成したものです。