DeWit(デウィット)

このレポートをする前に、そもそもなぜオランダの「デウィット社」まで取材で来たのかを説明したいと思います。

東京から電車で30分。郊外である千葉県の住宅地で戸建てに住む私が避けて通れないのが庭木の手入れ。平日は仕事があるため日常的な庭の手入れは妻の役目となり、道具は妻がその時やらなければいけない作業に合わせて買い集めています。ところが週末になって作業を手伝おうと道具を手にすると、工具屋として平日を過ごす私には、どうもストレスを感じるものばかり。何かもう少し良いものはないかとホームセンターを探すものの、納得できるガーデンツールが見つかりません。

そんなとき、幕張メッセで開かれたあるショーで目にしたのが、オランダ「デウィット」社のツールでした。一目で鍛造で作られていることがわかるスコップの表面には、メッキ処理などが施されておらず地肌そのまま。柄に使われているのは天然木のアッシュ材。さらに、軽いことが求められるガーデンツールであるにも関わらず、とっても重い。今の日本のガーデンツールのニーズとは真逆のキャラクターですが、私は手にした瞬間にこのズッシリとしたツールに惹かれてしまいました。そして、今の時代に逆行すると思われる工具を敢えて作る人たちに会いたくなりました。デウィット社を訪問することになったのは、こんな理由からでした。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

休日のデウィット社へ

写真左:ショールームの真ん中にある階段はグレーチングをうまく利用したデザインで、重たいイメージになりがちな鉄の階段が軽やかにスタイリッシュに仕上げられていました。
写真右:2階のミーティングルーム。床も什器も鉄、しかもほとんどがお手製。ひたすら鉄に囲まれています。

早朝、フローニンゲンの中心街のホテルまで迎えに来てくれたのは、デレク・デウィットさんとデレクラーシ・デウィットさん。二人は従兄になりますが、実質的に現在のデウィット社の共同経営者という立場です。

ホテルからデウィット社まではクルマで30分ほど。小雨まじりでしたが、途中いろいろな景色が見られるように寄り道をしてくれました。次々と通り過ぎる街並みは、自然を大切にしながら、上手に人が手を掛けて作り上げているようで、まるでテーマパークかと思うほど美しい。前日に散歩したホテル周辺といい、会社までの街並みといい、わずかな時間ですが、すでにフローニンゲンの穏やかな美しさを感じていました。

そして休日のデウィット社に到着。人影のない社屋に入り、早速ショールームに案内され、2人から会社の説明を聞きました。

デウィット社の創業は1898年。当初は馬具や農耕用の金物を作る仕事からスタートしたのだそうです。今から100年以上も前の創業と聞けば、ヴッパタールを訪問し、様々な動力の歴史を見てきたばかりの私は、国土の多くが干拓地という平坦な地のオランダでは、何を動力として製造してきたのかが気になりました。

「ドイツのヴッパタールでは、土地の高低差を活かした水力を動力に鉄の加工が行われたと聞いてきましたけど、平坦で風が強いオランダでは、有名な風車を動力としてきたんですか?」

すると、デレクラーシさんが苦笑しながら

「ミル(風車)のことですか?あれは、そんなに大きな動力にはなりませんよ。穀物を粉にするようなことには使っているけど、工場の機械を動かすことはできないです」

とのこと。それでは、一体なにを動力としていたのか? 聞けばオランダは、世界第9位の天然ガス産出国であり、このフローニンゲンではオランダ国内の産出量の3分の2が採取されているそうで、電動のモーターが使われるようになるまでは、この豊富な天然ガスをガスエンジンに使用して工場機械を稼働してきたということです。やはり、歴史ある製造メーカーがあるエリアには必ずこういった地理的な特性があります。

そんな話を伺いつつ、私はショールームの中央にある存在感抜群のどっしりとしたスチールの階段が気になっていました。デレクさんが言った。

「この階段、私たちが自分で作ったんですよ。そう、手すりもみんなね。私たちは鍛冶屋だから。鉄製品は全部自分で作るんです。こういうのを自分で作るのが好きなんですね」

聞けば、このデウィット社もファミリービジネスで、お2人は4代目。100年以上鉄と向き合ってきた鍛冶屋一族の血が流れる、まさに生粋の鍛冶屋さんなのです。こんな人たちが作るガーデンツール。ゴツくて重たい工具のルーツが何となく見えてきたところで、日を改めて工場の見学をさせてもらう約束をしました。

ハンドメイドのガーデンツールが生まれる場所

フローニンゲンの最終日。この日はフランクフルトに向け13時16分に出る列車を予約していました。フランクフルトに18時30分に到着し、翌日から開催されるフランクフルト・モーターショーの前日夜のプレスカンファレンスに足を運ぶつもりだったため、実はデウィット工場の取材時間は限られていたのです。

暗いうちに荷造りをして食事を済ませると、7 時半にはデレクラーシさんがホテルの前にお迎えに来てくれていました。

まだ半分眠っている市街地を出て、美しい郊外の道を走り抜け工場に到着すると、すでに製造現場からは熱気が溢れていました。デウィットの工場の朝は早く、6時45分に始業で終業時間は夕方16時。私たちが到着した午前8時過ぎはすでにエンジン全開の状態だったのです。

工場で待っていたデレクさんに挨拶し、工場内の取材にあたって写真を撮ってはいけない場所などあれば言ってください、と聞いたところ

「撮って欲しくない場所は、ここにはどこにもありませんよ。見られて困るものもありませんし、見られることで何かが盗まれるようなこともありません」

とのことでした。一般的に、工場内には製造に関する秘密があって、同業他社に真似されると困るという理由から撮影の許可が下りない場合が多い。心配する私たちに、デレクさんは誇らしげにこう言いました。

「私たちが競合先と思うようなメーカーはありませんし、仮に誰かが我々の製造を真似しようとしても、多くの個人スキルがあってこそできるデウィットの製品は、簡単に真似ができるものではありませんからね。撮影は全く問題ありませんよ」

オランダの美しいガーデンを整える、簡単に真似することができないというツールを作り上げるデウィット社の工場をご案内しましょう!

材料裁断

世界中で使われるデウィットのガーデンツールは、使われるエリアの違いに合わせ、相手先ブランドでの生産(OEM)も行っています。細かなリクエストに応えたOEM商品を小ロットで生産するには、レーザーカッティングマシンが必要。高い精度で切り出していきます。

溶接

ベースの形ができると、ハンドルのベースになる柄が溶接されます。まるで人間のような動きをするロボットが、休むことなく一生懸命ひたすら溶接をしている姿に愛おしさを感じてしまいます。ロボットでは対応できないものは手作業で溶接する場合もあるそうです。

鍛造

柄が付けられると、鍛造によって形が整えられます。デウィットで使われる材料はスウェーデンから取り寄せられるボロン鋼という高級素材。一般的な合金と異なるボロン鋼は水を使って急速冷却しても割れることがなく、抜群の硬さを生み出します。スタッフの目を見ればわかる通り、簡単に見える機械鍛造にも職人技が求められます。

特殊な技

今までいろいろな工具メーカーを見てきた私も見たこともない作業だったのが、回るロールに焼いた状態で材料を入れて手前に引っ張って伸ばす作業。ただ伸ばしているのではなく、一瞬の技で根元を厚く先端を薄くという調整をしているというのだから驚きです。

ちょっと寄り道をして工作室

製造現場の離れに明らかに違う雰囲気の場所が。ここでは、自社による型製作がベテランの職人さんによって行われていました。型の製作にはベテランの技術者の経験が不可欠。やはりデウィットでも自社内にこういう場所があるようです。

研磨作業

熱処理が終わると研磨作業に入ります。この日の研磨作業はスコップの先端研ぎ。溶接の時と同じようにロボットがひたむきに刃先を研ぐ。ロボットの磨きのあとの最終仕上げは職人の手作業になります。

グリップ圧入

天然木のアッシュ材でできたグリップは、ひとつひとつ手で圧入しています。手作業で行うのは、ほぼ最終工程といえるここで、天然素材独特の個体差を確認しながらの作業を大切にしているからです。

ネーム焼き入れ

最後は木柄にレーザーでロゴを焼き入れて完成。デレクラーシさんが、現場でFACTORY GEARの文字をコンピューターで入力してプレゼントしてくれました。ナイスなおみやげになりました!

出荷

完成! ここから世界中に出荷されていきます。

番外編:ホビールームは鍛造小屋

小屋の中は工場と違い、趣味の空間らしい穏やかな感じでした。バーナーの火が室内を暖かくし、鉄の焼ける匂いが私のような素人の創作意欲までも刺激します。
工場の隣に小さな小屋がありました。入り口に掲げられた看板は「De Smid」(鍛冶屋)の看板。ウッディな小屋を飾る看板はもちろん、扉に付けられた可愛らしいアイアンのデコレーションも、もちろんデウィットファミリーのみなさんのお手製なのだそうです。なかに入るとかなり本格的な炉があって鍛冶作業ができるようになっています。デレクラーシさんが、

「ここは仕事するところじゃなくって遊ぶところなんです。遊びでも鉄をいじっていたいから、休みの日でもここでなにかを作っていることが多いんです。鉄関連なら何でも作りますよ」

そういうと、先ほど工場でデモンストレーションしてくれたお父さんのクラーシさんが早速炉に火を入れて、何かを作ろうとしています。細い鉄棒を炉に入れて焼き、真っ赤になったところを叩きだしました。時に力強く、時に繊細に、そして鉄を叩くハンマーの音がリズミカルになり、流れるような一連の動きが止まり、出来上がったのはなんと「釘」でした。

「大昔は釘もこうやって一本ずつ作ったというわけさ。やってみるかい?」へっぴり腰のビビり屋の私でもこのくらいの小さいものならできるかとチャレンジしたものの、そんなに簡単には鍛冶屋になれるものではないということを痛感しました。

「私たち家族は、子供の頃からいつも鉄と火の傍で戯れてきたんです。こんな場所を作って遊ぶのも、単純に私たちはみんな鉄が大好きってことなんです」

 彼らの作る工具が頑丈で重たいことも、天然素材の力強さがダイレクトに伝わる凄味があることも、そして何ともいえない温もりが伝わってくることも、デウィットファミリーが4世代に渡って、このフローニンゲンという土地で、積み重ねてきた毎日があるからなのだと感じていました。

 工場見学の前に「競合は無いし誰にも真似できない」と力強く言ったデレクさんの言葉は、デウィットのガーデンツールに流れる、こんな生粋のオランダ鍛冶職人が長く積み重ねてきた毎日は、誰も真似はできないぞ、という意味だったのかもしれません。

※このレポートは高野倉匡人「工具の本vol.7」の記事をWEB用に再構成したものです。