スタビレー 工場レポート

正直なところ、日本でスタビレーという工具メーカーからイメージできるのはコンビネーションレンチくらいしかありません。しかし、ドイツでは自動車、航空、産業と全てのもの作りの現場で高い評価を受ける総合工具メーカー。ドイツの高品質商品作りを力強く支え続けている工具は、まぎれもなく豊富なラインアップを誇るスタビレーだったのです。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

19世紀にはすでに総合工具メーカー

今回の工具メーカー訪問にあたっては、日本市場での各メーカーの位置づけや日本に伝わっている情報から、それぞれの工具メーカーに対してある程度のイメージを持っていましたが、そのなかでも私が事前に持っていたイメージと、訪問してからの印象が最も大きく変わったのがスタビレーでした。

その理由を述べる前に、まずはスタビレーの歴史から紹介しましょう。創業は1862年、エドワード・ワイル氏が、蒸気機関車用のコークスを入れる際に使うような道具類を作るメーカーとして設立しました。英文で書いた時に非常に長く、スペルも間違えやすい社名の由来は、ドイツ語のSTAHL(鉄)と創業者のWAILLE(ワイル)をつなぎ合わせたものだそうです(この長い社名が日本での認知を難しくしている気もします)。

その社屋は、かつて汽車が乗り入れられていたほどで、線路跡の名残が今も残っていてスタビレーと鉄道の歴史が深く長いということはこんなところからもうかがい知ることができます。大手のドイツ工具メーカーは、第二次世界大戦後に急速に発展した経歴を持ちますが、スタビレーはそれよりもずっと早い1900年代の初頭にはすでに総合工具メーカーとしての地位を築いていました。驚くべきことに1901年に作られたカタログはなんと290ページものボリュームがあります。

その後、1914年頃に作られたカタログには、マイクロメーターやペンチなど、今のカタログと比較しても遜色のないようなアイテムが並んでいます。すでに当時500名のスタッフがいて、輸出が80%という国際的な総合工具メーカーとして確立していたのです。

スタビレーの工場は、ハゼットやクニペックスなど大手工具メーカーと同じエリアにある。
日本担当のアンドレアス・プッチ氏が不在だったことから、取材当日に我々を案内してくれたのは、航空機部門(エアロ スペース)を担当するベテランスタッフの ホースト・ブタノビッチ氏。ただ非常に残念なことに、工場内の見学はほぼできたものの撮影はほとんど許可されなかったため、ここではスタビレー社から提供してもらった写真と、工場周辺の写真のみの紹介となってしまうことをご了承ください。

ブタノビッチ氏の話では、現在スタビレーの販売構成はドイツ国内が35%で残りの65%が輸出となっており、そのなかの80%はヨーロッパ。つまり、スタビレー製品でEURO圏以外に供給されているのは全体の生産量のわずか13%に過ぎないのです。オートモーティブ業界に注力するハゼットとは対照的に、総合工具メーカーとして、産業関係(製造工場など)、航空関係(エアロスペース)、自動車関係(オートモーティブ)など幅広い業界に多くの製品を供給しているスタビレーては、実際に使用しているユーザーも、ルフトハンザ、ロールスロイス、エアロフロート、ブリティッシュエアー、エアバス、メルセデス、BMWなど有名企業が名を連ねています。

以前、エアバスと取引がある日本の商社からフランスの有名工具メーカーであるファコム社の工具の納入を依頼されたことがあった私は、納入メーカーの説明を受けた際、即座に質問を投げかけました。『エアバスで使用されている工具は、やはり同じ国の工具メーカーであるフランスのファコムではないのですか?』と。その質問にブタノビッチ氏は「ファコムは2006年3月に、フランスにあったエアロスペース用の工場を閉めてしまったんです。エアバスでは以前ファコムが使われていましたが、5年位前から様々な問題が起こってしまったことから、今ではエアバスへの工具の提供はスタビレーがかなり多くの比重をしめています。このあいだもエアバスA380用に500セットの工具セットを納入しました」と非常に興味深い裏事情を説明してくれました。

“様々な問題”の詳細についてはここでは触れられませんでしたが、スタンレーグループによるファコム社の買収の影響が出ていることに間違いないでしょう。スタビレー社が近年、ヨーロッパ内でシェアを伸ばしてきているのは、こういった市場で発生している外的な要因だけではありません。なによりも、その品質への評価が最も大きい理由なのです。

航空機でも活かされるクオリティ

ルフトハンザで実際に使用しているボルト。日本円で1本10万円以上(!)
スタビレー社では、航空関連への工具提供を目指すことで徹底的な品質向上を図っています。航空機に使用される、1本10万円もするような特殊ボルトを回すのに品質の悪い工具は使えないことから、当然ながら航空機業界からは工具に対して非常に高い要求を受けます。これに応えるべく開発された工具をすべての業界に提供することで、スタビレーはラインアップ全体のクオリティの水準を高め、様々な業界に信頼される工具を供給しているのです。

スタビレーではこの高品質の工具を開発し続けるために「メカートーニック」と呼ばれる技術者を育成するためのトレーニングセンターまでも持っています。つまり機械、電気の両面でプロフェッショナルなスキルをもつ技術者を育て、新時代の工具開発をするベースを作っているのです。

ヨーロッパNo.1のトルクレンチの実力

工場内を見学した我々が今回一番気になったアイテムがトルクレンチ。スタビレーはヨーロッパで最初にトルクレンチを世に送り出したメーカーで、板バネを使った独自のメカニズムを持ち、一般のトルクレンチと比較して抜群の耐久性と使い勝手を実現した逸品。実際に組み上げる作業工程を見て、そのメカニズムの素晴らしさに感激した私たちは、是非もっと日本のユーザーにこれを紹介したいと、カットサンプル(画像下)を提供してもらうべく後日、再訪問することにしました。

日本市場縮小の理由

再訪問の際、前回不在であったアンドレアス・プッチ氏に会うことができました。そこで彼に、最近の日本向けラインアップがドンドン縮小されている現状について質問を投げかけてみると、「ソフトグリップコンビネーションの15シリーズの廃番にしても、オフセットレンチの日本向けの組み合わせの終了にしても、残念ながら極端に出荷量が少なかったことが原因です。ヨーロッパ市場が中心の我々にとっては日本向けにどうしてもある程度の数量がないと商品を継続生産することはできないのです」という返答。具体的にその出荷数を聞いた私には、あまりの少なさに、もはやお願いすることはできませんでした。

工具の開発と商品の存続には、確固たるマーケットの存在が必要です。どんなに素晴らしい工具でも売れなければ消滅する。私たちが日本で感じる以上に高い評価を集め、ヨーロッパを代表する工具メーカーであるスタビレーが日本でその存在をなくさないためには、その確かな品質を多くのユーザーに知ってもらう必要があります。

日本国内でのスタビレーの認知度の低さと、ヨーロッパでの高い評価の温度差に戸惑いながらも、どうかこの歴史あるドイツ工具が今後も長く日本で愛用される工具でいて欲しいと思ったのでした。

※このレポートは高野倉匡人「工具の本2007」の取材記事をWEB用に再構成したものです。