アサヒ 工場レポート

アサヒのレンチは、国内外の有名工具メーカーも一目置く美しく繊細な作りが特徴的です。アメリカやドイツの工具とは一線を画する独特な個性を持つレンチが作られる、新潟県燕三条の工場のこだわりをレポートします。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

ライツールが生まれた背景

2013年に工具の本の取材で訪れたドイツフランクフルトの街でお洒落な小物や雑貨を集めた「MANIA FACTUM」というお店を訪れたときのことです。そこには、個性的な世界の工具がガラスのショーケースに展示されていました。そのなかで高級工具として説明書き付きで展示されていたのがアサヒのライツール。レンチをくり抜くようなデザインでありながらしっかりとした鍛造で仕上げることは簡単な技術ではありません。しかも、日本の工具らしく細部まで丁寧に仕上げられた表面は世界の高級工具が並ぶショーケースのなかでも決して引けをとるものではありませんでした。

日本では引っ掛けスパナや打撃スパナといった、主に機械設備や建築現場などの産業系市場でよく使われるレンチとしてのイメージが強いアサヒですが、鍛造工具メーカーとしての技術力は業界では高く評価されていて、あまり知られてはいませんが、大手の有名工具メーカーへのOEMもしてきたほどです。

大変貴重な当時の工場写真と、当時発注があった特注スパナの写真
1931年に大阪で創業されたアサヒは、もともとはメーカーだったわけではなく、戦前の鋳物工具がメインだった時代には、他社に外注するいわゆる仕入れ商社のような形での営業だったそうです。しかし、その後、鋳物工具は強度に劣るということで、自社で鍛造出来るように会社のカタチを変えていったという歴史があります。つまり、アサヒの歴史は鍛造メーカーとしての歴史といえるでしょう。

ドイツでガラスのショーケースに収まっていた「ライツール」は、高所で作業する人たちのために、重たいレンチを軽量化しレンチ本体に、落下防止のヒモなどを通せるようにというアイデアから開発されました。鍛造で作るレンチの本体に穴を作り綺麗に仕上げるためには、一般のレンチ作りとは異なる技術が必要とされます。アサヒがこのような難しい技術を必要とするこだわりのレンチを生み出すことが出来た理由を近藤工場長に尋ねてみました。

「一番大きな点というのは、自社の工場内のコミュニケーションが密に出来るということなんだと思います。うちの場合は鍛造部門と金型部門はほとんど一緒の現場でやっています。外注ではないのはもちろん。大きな規模の工場ではないから、物理的にはとても近い環境で仕事をしているんですね。テストとかデータを分析して作ってきたというよりも、工具作りの現場で、経験的なことのなかから生み出した。と、いう感じです。」

と、いうことで、今回の取材のテーマである、こだわりの工具はどんなテストをして生み出されているのか?と、いう内容とは少々違っているのですが、せっかくなのでここではレンチ作りの現場のこだわりポイントをお届けしようと思います。

鍛造前の材料加工

レンチを鍛造する前に材料を鍛造しやすい形にする加工も自社で行っています。実は材料の形状が鍛造にとっては重要なポイント。この製造を自社で行うことが出来ることもアサヒのレンチの大きなアドバンテージだといえるでしょう。

金型の社内加工

鍛造の際に使う金型製作も社内で行っています。バリの出方や肉の流れ方など、金型が鍛造に与える影響は大きく、ここでの綿密なコミュニケーションがライツール誕生に大きな役割を果たしてきたと言えます。

職人技の鍛造

ここでは1.5トンと0.75トンのエアーハンマーが使われています。消音のために衝撃を吸収する油圧ダンパーが使われている鍛造マシンは上下に揺れているのですが、その揺れのなかで打ち込み加減を足で調整するという職人技が駆使されています。

バレル研磨

大きな鉄缶のなかに石とレンチを入れ、振動を加えるバレル研磨という機械。白い石は硬くレンチのツヤを出し、黒い石は柔らかく研磨力が大きい。この異なる石を組み合わせ、最も効果的な状態でレンチの研磨ができるようにセットしています。

ショットブラスト加工

砂を吹きかけて熱処理後のレンチの表面についたスケールとよばれる酸化皮膜をとる機械。上の7#の細目という砂を用いるとレンチはご覧のように綺麗に仕上がります。アサヒのレンチの綺麗なブラストフィニッシュはここで生まれます。ちなみに、下側の砂は10#で鍛造前の丸棒のサビ取り用ということです。

トルク検査

ライツールの両口メガネレンチの10mmを降伏点(形状が変化して元に戻らないポイント)までトルクをかけるテストをしてもらいました。トルクを追求しているレンチではありませんが、JIS規格である59Nmの1.3倍の77Nmで変形。わずかに変形したのは穴が空いている部分ではなくメガネ部だったというのも予想外。穴があいていても日常使いでの強度は問題無しということです。

重ねられた試作

穴あきレンチという個性的なライツールが生まれるまでには幾度も試作が繰り返されたそうです。

これは試作された、ひとつ穴のライツール。当初の狙いだった高所作業用の工具だけではなく、今では携帯用の工具としてバイカーからの人気を集めているというのも面白いですね。