PB 工場レポート

大自然に心洗われる美しい国、スイス。PBスイスツールは、そんな大自然のなかのメーカーらしく人の情緒に響くドライバー作りを目指すと明言しています。最高の品質と機能を追及しながらも、決して他メーカーが真似できない独特のかわいらしさがなぜPBのドライバーにはあるのか? 今回の取材で、その秘密が少しだけわかった気がします。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

美しい土地から生まれる美しい工具

時間が止まっているのかと思うほど、のどかな地にPBの社屋はありました。
今回の取材はドイツ工具がテーマでしたが、このメーカーだけは是非とも訪問したかった。それはスイスのスクリュードライバーメーカーのPB社。ドイツ取材中に迎えた週末を利用して、私たちはスイスに向かいました。月曜日の早朝チューリッヒ中央駅を出発し、スイスらしい長閑な田園の中を約1時間、軽快に鉄道に揺られてブルグドルフという小さな可愛らしい駅に到着。駅にはPB社の女性社長のエヴァ・ヤイスリさん自らがお迎えに来てくれました。

PB社までは、そこからさらに車で30分ほどかかりましたが、その道程は全く飽きることがありませんでした。なだらかな傾斜地を縫うように敷かれた細い道を車で走り抜ける。両側に広がる牧草地は、どこのゴルフ場よりも美しい緑の絨毯が敷き詰められ、牛達がカランカランと首につけられたベルを鳴らしながら気持ちよさそうに草を食んでいます。街に入れば白、赤、緑といったメルヘンチックな色が使われた大きな家。窓にはピンク、黄色、赤といった鉢植えの花がお化粧している。それはまさに、我々日本人が想像するスイスという国の風景そのものでした。

遠くに荘厳なアルプスを仰ぐ小さなワーセンという村(と表現するのが相応しい佇まい)に 、世界的な品質を誇るPB SWISS TOOLS(ピービー・スイス・ツールス)社があります。その村の持つあまりにも美しくゆったりとした空気からは、ここが工業製品の産地であるとはとても思えない。ところが、スイスの工業生産はこのような美しい街が支えているのだそうです。

大戦を経てドライバーメーカーに

工場に到着すると、お洒落なオフィスに通された私たちの前には、美味しいコーヒーとクロワッサンが用意されていました。歯切れよいトークのエヴァ社長によると、PB社は1878年創業で、元々は周辺の農家が使う農耕用の小さな金物類を製造するメーカーだったという。そのPB社の大きな 転換期となったのは第二次大戦。当時のスイスでは輸出入が制限されていましたが、軍隊から戻った先代の社長であるバウマン氏は、国外からの調達に頼っていた工具のなかでも、スクリュードライバーを自国スイスで作ろうと決意したそうです。

しかし、PB社はもともと農耕用の金物類で良質な鉄を作るレシピは持ち合わせていたものの、ドライバーグリップを作るためのプラスティック成型のノウハウはない。その技術を学ぼうと色々と研究するなか、一冊のアメリカ書籍を見つけました。英語がわかるスタッフのいなかったPB社は、その書籍を地元の英語教師に依頼して翻訳してもらい、そこからプラスティック成型を学んだのだそうです。

そうして1953年、PB社は当時のヨーロッパ工具としては画期的な、プラスティックグリップを採用したクラシックタイプのドライバーの販売にこぎつけたのだそうです。クラシックタイプのドライバーは今も販売を継続する人気アイテムとなっていますが、このストーリーを聞いて、僕はPBのクラシックドライバーのスタイルが今のPBの主流となっているグリップタイプと違う理由が理解できました。

PBの現在の主力商品であるマルチクラフトやスイスグリップとよばれるタイプは丸みを帯びた形状ですが、クラシックタイプは直線的な形状でアメリカのトラディッショナルなドライバーの形状によく似ています。この直線的なデザインのドライバーは最近、日本ではあまりみかけなくなりましたが、今もアメリカのホームセンターなどでは主力のデザインとしてよく見られます。

今では世界35カ国に輸出され、全売り上げの66%を輸出が占めるというPB社ですが、そのなかでも日本はドイツに次ぐ2番目の売り上げ規模を誇る主要な国。だからPB社のもの作りは日本のマーケットを意識していて、ユーザーからの要望などにも積極的に対応してくれています。このあたりがスタビレー、ハゼットなどのヨーロッパ市場が中心の大きなメーカーとの違いです。そんなPBの製品がどのように作られているのか、工場へ移動することにしました。

最新鋭の機械とアナログな作業が紡ぎだすモノ作り

PBの工場は大規模ではありませんが、清潔感に溢れ、品質管理も行き届いた印象を受けました。大きな音と油の匂い、そして薄暗いというイメージのありがちな工場とは対極にあるようでさえ感じられます。徹底的に研究して作られたオリジナルの機械には製造のノウハウが詰め込まれ、機械化できるところには惜しげもなく最新鋭のマシンを投入する姿勢が表れています。それに対して逆に人間の手に頼る部分では、頑なにアナログにこだわったもの作りがなされていました。

PBの製品の素晴らしさは、製品そのもののシンプルな強度というよりもドライバーとしての素材のバランスの良さにあります。独特なねばりをもつPBの製品は決して強烈に硬いという印象はないものの、ビスとの素晴らしい噛合フィールを生み出す精度の高い先端とともにバランスのよい製品を生み出しています。その素材となる鉄は、北ドイツと北イタリアから長い歴史が培った特別なレシピをもとに、ドライバーの素材として最も相応しいとされる 配合の鉄を使用しています。

PBはこれだけの工具作りのノウハウを持ちながら、なぜドライバー以外の工具を作らないか?という疑問に対しての回答も、この素材へのこだわりがその大きな理由でした。ハイテク最新鋭のマシン、アナログな手作業、そして長い歴史が生み出した素材。この3つの要素がPBの高品質製品の源となっています。しかし、実はPBにはもうひとつ、高品質製品を支えるスイスのメーカーならではの大きな要素がありました。

自然環境と人によって生み出される工具

オフィスから車で15分ほど丘を登ったところに、アルプスを望む絶景のホテルがあります。私たちはそこのガーデンレストランで昼食をとることにしました。素晴らしいスイスの自然と美味しい食事を堪能した後、工場へと戻る細い道を走る途中にいたひとりの農夫に、案内してくれたトーマスさんがクルマの速度を緩めて声を掛けていました。「今の方もお知り合いなんですか?」と訪ねると、トーマスさんは微笑みながらこう語りました。

「彼の息子はうちの工場で働いています。彼も昔はうちで働いていたし、小さな町ですからほとんどの人がPBとなんらかの関係があります。みんな何世代も前からよく知っている家族ばかりですよ」

そのとき、PBが良い製品を生み出せる要素は、「この地域が生み出す自然環境と人なんです」と言っていたエヴァ社長の言葉が思い浮がびました。自然環境というのが工場での生産にとって必要となる綺麗な空気と水を意味することは理解できます。地域が生み出す“人”の意味がよくわからなった私も、この短いトーマスさんとの会話で理解ができたのです。

つまり、この小さな社会では地域がひとつの大きな家族。どこのだれがどんな人なのかもみんなが理解し合っている。工場の生産にとって大切なことは、ひとりひとりが与えられた役割を、責任を持ってやり遂げること。たったひとりの無責任な仕事ぶりが製品を台無しにしてしまうことを、PBの工場で働く人は良く知っているのです。なんらかの問題が製品に生じた時、そこに刻まれたロット番号を見れば、誰のミスなのかが明確に判ってしまう。小さな村ならではの連帯感は、大きな責任感を伴う仕事を生み出しているのです。

人の感情に訴える製品を作りたい

無反動ハンマーの重要部分は1本1本、職人の手作業で作られていました。
最後に今後のPBの製品について、どんな製品を作り出していきたいか?という夢をエヴァ社長に聞いた。「PBでは従来の常識にとらわれない柔軟な発想で、人の感情に訴える製品を作っていきたい。触ったフィーリング、もちろん見た目も、PBの製品を見て心が動くようなものを生み出していきたいと思っています」

日本のツールファンも、まさにPBのそんな商品を欲しいと思っているはず。スイスの自然が育んだスイスメーカーらしいスタイリッシュで美しく、使いやすい工具を今後も是非どんどん日本に届けてほしいと思いました。

※このレポートは高野倉匡人「工具の本2007」の取材記事をWEB用に再構成したものです。