冷え切った作業場の工具箱のなかで一夜を過ごした早朝の工具は氷のように冷たくなっていますが、これが氷点下にまで下がるエリアではもっと悲惨なことになります。うっかり冷え切った工具に直接触れれば、皮膚が工具に張りつき剥がれなくなることもあるのです。北欧スウェーデン発祥の工具ブランド、「BAHCO」が今から20年ほど前、彼らの代名詞ともいえるモンキーレンチのグリップを樹脂グリップにしたとき、その理由が寒すぎるスウェーデンの気候なのだと聞いて驚いたことを覚えています。しかし、様々な工具でグリップハンドルに樹脂が採用されているのは、全て冬の寒さ対策なのかというとそれだけが理由ではないのです。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)
樹脂グリップ=重量バランスと使い勝手の良さ
早回しの時にはグリップエンドの重さ、全体の長さが早回しのしやすさに大きく関わってきます。ラチェットを選ぶときには、様々な使い方をイメージしてバランスをチェックすることが大事です。
ラチェットハンドルを使う時をイメージしてください。ラチェットのグリップエンドを握り、ハンドルを振るという使い方もしないことはないですが、ネジを早く回したい時には写真のようにラチェットヘッドの近くを手のひらで包み込むように握ることが多いはずです。そうなるとグリップエンドの重さがとても気になります。グリップエンドが重くなればなるほど早回しには不向きです。早回しのシチュエーションでは、グリップエンドは軽いほうがよい、と、なると鉄でグリップを加工するよりも樹脂のほうが軽く出来ます。さらに力を掛けやすいように太くすることも可能なのです。早回しも軽快に出来て、力をかける時も有利、寒いエリアでの使用時の使い勝手もよい。と、いうことで樹脂グリップはスチールグリップよりも色々な面で優れていると思われます。
使い勝手の良さと耐久性の問題
軽くて持ちやすい樹脂グリップは新品時には快適ですが、消耗度は金属グリップとは比較にならないほど早い。優しく無理せずに使える、心に余裕を持っているユーザーなら長く使えるでしょうが、無理したい派にはちょっと厳しいかもしれません。
しかし、それでも未だにスチールグリップの工具が多く流通しているのはなぜでしょうか?最も大きな理由は耐久性の違いです。最近の樹脂素材は耐油性に優れたものが増え、以前のように簡単に劣化はしなくなっていますが、それでも樹脂素材の耐久性は金属製には及びません。使っているうちに自分の体の一部にもなっていく工具は長く使い続けたいもの。しかしグリップが消耗してしまえば、本体に不具合がなくとも買い換えなくてはならなくなります。メーカーによってはグリップが交換できるタイプもあるのですが、こういうタイプはグリップが抜けやすいという欠点もあります。
中空構造のネプロスとDEEN
耐久性の高い金属グリップで、重量を軽くするためにハンドル内部を空洞にしているネプロスやDEENなどもありますが、樹脂グリップの軽さと比較すると、それでも重くなっています。日常の使い勝手を考えて、耐久性には少々妥協して樹脂グリップを選ぶか?手に馴染むまで長く使い続けることを考えて金属グリップを選ぶか?こんなことを悩むのも、工具選びの面白さとして味わってみてください。
NEPROS 3/8SQ ラチェットハンドル(90ギア)
ファクトリーギア店頭販売価格 11,000円(税抜)
製品購入ページ
DEEN 3/8SQ ラチェットハンドル(72ギア)
ファクトリーギア店頭販売価格 4,900円(税抜)
製品購入ページ
ネプロスとDEENのスタンダードモデルは、ともに金属グリップを採用。ハンドルは太めに作られていますが、本文中にあるようにグリップの中は軽量化のため空洞になっています。
BAHCO モンキーレンチ
写真上)グリップ付きモンキーレンチ
ファクトリーギア店頭販売価格 3,430円(税抜)
写真下)標準型モンキーレンチ
ファクトリーギア店頭販売価格 2,982円(税抜)
バーコのモンキーレンチは、同じモデルでも樹脂グリップと金属リップの2種類が存在します。樹脂グリップの方がひと回り太く、力は掛けやすいのですが、ハードに使う設備系ユーザーの買い替え頻度は圧倒的に樹脂グリップの方が多く、それだけ痛みやすいということなのですが、握ると手に吸い付くような樹脂グリップのフィット感は魅力的です。
※このレポートは月刊誌「HOT WATER SPORTS MAGAZINE」に連載中の「ハンドツール虎の穴」2014年12月号の記事をWEB用に再構成したものです。