2007年のアメリカ取材では随分と沢山の面白いものを見ました。随分と沢山の人にも会いました。アメリカの工具ワールドの奥深さを体感し、まあ、最後にアメリカの工具問屋さんでも見て何か情報を集めて帰りますか!と、アメリカの旅の最後に私達が目にしたものは、大興奮のとんでもない世界だったのです。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)
危険な空気が漂う「カリフォルニアツール」
カリフォルニアツールは地元の大手工具商社として数多くの工具を取り扱っています。巨大な倉庫の中は様々なメーカーのアメリカンツールで溢れていました。
ロスアンゼルス市内にあるその古ぼけた建物を見たとき、確かに何となく期待するものはありました。しかし、私達の当初の目的はスーパーオートバックスの売り場で発見できなかった、今どうやら大注目らしいハンドツール「GEAR WRENCH」のアメリカでの流通の実態を、地元の大手工具問屋である「カリフォルニアツール」でヒアリングすることでした。
ところが、一歩その建物のなかに足を踏み入れた時、私達の訪問目的はあっさりと変わってしまいました。デスクと訪問者の間は鉄格子で遮られ、どこか危険な空気が漂います。すぐに目についたのはスチールプレートにかかれた、“モバイルカスタマーオンリー”の文字。それを意味するのが、コーンウェル、マック、マトコ、スナップオンのデリバリーバンのセールスマン。
つまり、彼らがあのバンを乗り付け、お客さんからの注文の商品を卸売りしてもらうべく引取りに来ているという事なのです。鉄格子の向こう側のデスクの前で働く女性事務員。その奥の倉庫でせわしなく動き回る人影。そのすべては、まるで1960年代のアメリカ映画をみるようなヒストリカルな風情で、なんだか妙に私の心は揺れていました。
とにかく、頭の中はこの会社の醸し出す独特な雰囲気を、どうやって誌面で伝えようか?そんな風に変わっていました。まるで迷路のような建物の中を案内されながら、私は、そこで見えるもの、聞こえる音、オイルの香りと混じりあうコーヒーの香り、そんな全てのものにいちいち足を止めて、いったいそれがなんなのか?どういうものなのか?それを確かめたい気分で一杯でした。
しかし、時間はあまりありません。案内スタッフの女性は、この風変わりな取材班に戸惑いながらも、一生懸命私達のリクエストに応えようとしています。
大きな倉庫の一室を抜け出たところで突然、「博物館、見ますか?」と聞かれました。「博物館?この中にあるんですか?」と聞くと、彼女は「そうですよ。ここです」と、すでに私達を博物館の入り口に連れてきていました。
想像を絶する工具の「博物館」
気がつけば、壁一杯にディスプレイされた古い工具。その空間の迫力に思わず息を呑みました。深く深呼吸をして冷静さを取り戻し、ひとつひとつの工具に丹念に目を向けてみると、これが見たこともないような工具のオンパレードでした。矢継ぎ早に質問する私にスタッフは
「ちょっと待って、この博物館のエキスパートを紹介するから!」
といって、Dale More(デール・モア)さんという小柄な男性を紹介しました。突然の訪問者である我々に驚きながらも、彼は博物館へ私達を連れて戻ると、ゆっくりと説明を始めました。
カリフォルニアツールのルーツは1907年、アルフォンソ・プロム氏が創業したプロムツール(PLOMB TOOL)。主に配管用の工具を作るメーカーでした。1917年、ジョン・ペンドレントン氏に会社を売ったプロム氏はカリフォルニアツールを設立。1927年にメカニックであったS.Cミラー氏に彼が会社を売却するまで、プロム氏は自身の名前を冠したA・PLOMBのブランドをつけた工具を作っていました。
なぜここまで、PLOMBというブランドについて詳しい説明をデールさんがするのか?それは、創業者のプロム氏がジョン・ペンドレントン氏に売却してしまった会社こそが、アメリカのハンドツールの歴史に深い影響を与えた、のちのプロト(PROTO)となるプロムツール(PLOMBTOOL)だったからなのです。
カリフォルニアツールはその後、多くのアメリカンツールのディストリビューター(問屋さん)として会社を大きく成長させ、1946年にはプロトディストリビューターとして全米ナンバーワンにもなりました。そんな歴史の説明をひと通り受けた私は、向かい側の壁面にディスプレイされていたプロトの工具に惹き付けられていました。
スナップオン登場以前に・・・
そこには、1930年代に世界で始めてプロムからリリースされたコンビネーションレンチが飾られていました。それは、今この時代に全く同じ形で復刻されたとしても、間違いなく評価されるであろうスリムでシェイプされたデザインで、おそらく、このコンビネーションレンチこそ、戦時中ミッドウエイ海戦で日本軍が持ち帰り、KTCの故 齊藤会長がその品質の高さとデザインの秀逸さに驚愕したアメリカンツールだったのです。
そんな感慨を味わっている間もなく、またもや見たことのない工具を発見。その工具をじっと見つめる私に、デールさんが説明を始めました。
「ラチェットレンチが今のような形になる前は、ソケットにはオスの差込角があり、ラチェットはその差込角をうけるメスだった。その後、ある青年がソケットをメス、ラチェットをオスにすることを思いつき、会社の上司に進言するがその提案は受け容れられず、青年は会社を飛び出し独立を決意した。彼が作った新しい形のソケットレンチセットは爆発的にヒットした。その青年こそが、のちのスナップオンの創業者、ジョセフ・ジョンソンなのさ」
この話、聞いたことがある!と、思いながら私は興奮していました。何故なら、私が今まで信じていたアメリカの工具のヒストリーとデールさんの話は若干違うからです。そこで、デールさんに確認するようにたずねました。
「つまり、ひとつのハンドルでいくつものサイズのネジを回す工具はスナップオン以前にもあったということなんですか?」
デールさんはなんでそんなことを聞くの?という顔で、私にあらためて答えてくれました。
「そう。スナップオンは、ソケットにメスの差込角を初めてつけたメーカーだったんだ」
ここには、アメリカの工具の真実の歴史がある。興奮が収まらない私にデールさんは話を続ける。
「工具は僕の人生そのものさ。16歳の時に父が死んで、彼の残したシクネスゲージにカリフォルニアツールのブランドが刻まれていた。僕がこの会社で働くのは宿命のようなものなんだ」
閉館時間はとっくに過ぎていました。まだまだ話を聞きたい私に、彼は1本の古ぼけたフレアレンチを渡しました。そのレンチには「A・PLOMB」と「CALF-TOOL」の文字が刻まれていました。
「また会おう!」
別れを惜しむように、彼はガッチリと僕の手を握りました。
もちろん、必ずまた戻ってきます。
アメリカの工具の物語を、日本に伝えるために・・・。
博物館で見つけた凄いモノ
約90年前のカタログ
ソケットにオスの差込角がついていた約90年前のカタログ。ソケットひとつの価格が$1から$2.5なので、当時の貨幣価値からすればかなり高価なものとだったいうことになります。
プロト + プロムのダブルネームレンチ
プロムがプロトにブランドネームを変更した1948年から1950年の2年間だけ、市場の混乱を避けるためにダブルネームで製品を作っていたことがありました。わずか2年間だけ作られたこのダブルネームのコンビネーションレンチは、アメリカ工具の歴史のなかでも非常に貴重な逸品。下のチラシはライバルSKを意識して出された広告だそうです。
オスのソケットとメスのラチェット。
数々の歴史的な工具は衝撃的なものも少なくありませんでした。エキバーのように見えた工具(写真右)が、実はオスの差込角を持つソケット。はじめて現物をみた100年近く前のものであるオスソケットとメスラチェットには本当に驚きました。その他のラチェット類も、今のラチェットのルーツであることを実感させられるデザインのものが多く、この工具が今のあの工具の原型なんだと繋がるものも多数ありました。実は100年という年月を経て、工具のデザインはあまり変わることなく、同じようなところをグルグル回っているのかもしれないと思うほど秀逸なデザインで溢れていました。
コンパクトヘッドのラチェット
ヘッドの小さいラチェットは、今使っても快適に使えそうなくらいよい仕上がり。昔の工具のデザインはこれからのデザインに参考になるヒントに溢れています。
当時のバンセールス
クルマに積んだ工具を引っ張り出してセールスする様子を撮った写真。「モバイルセールスはスナップオンよりカリフォルニアツールのほうがよっぽど早くからやっていたのさ」とデールさんは自慢げでした。
※このレポートは高野倉匡人「工具の本2008」の記事をWEB用に再構成したものです。