ハゼット 工場レポート

日本国内では古くから抜群のネームバリューを誇り、ドイツ工具を象徴するメーカーであるHAZET(ハゼット)。ところが最近の日本国内では、数多く登場する他の工具ブランドに押され、すっかりその存在感が薄まってしまった感さえあります。しかし、その工具作りの現場はドイツ職人気質に溢れる、実にハゼットらしい工場でした。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

はじめに

レムシャイドのグルデンワースという駅のホームから見たハゼットの社屋。無人駅の小さな駅のまん前に工場がある。
私が最初にハゼットを訪問した日は、2006年の6月。折りしもサッカーのドイツワールドカップ開幕の日でした。日本の感覚であれば、いくらワールドカップ開幕の日でも工場は普通に稼動しているだろうし、ほとんど問題なく仕事がされるのだろうと思っていました。

ところが多少予想はしていたものの、やはりサッカー王国ドイツ。金曜日だったということもあるのでしょうが、お昼頃には工場はすっかりお休みモード。ハゼット最初の訪問はわずか午前中の2時間弱のツアーで終わってしまいました。これは今回の取材前の下見のようなものでしたので、工場内を足早に歩き回るだけで十分ではありましたが、やはり日本のメーカーとはだいぶ違う。ドイツ人気質は日本人とかなり似ているよ、などといいますが、ドイツメーカーとはいえやっぱりハゼットも先進ヨーロッパのメーカーなんだなあ、というのが最初の印象でした。

そんな前振りがあったので、今回の訪問ではあらかじめ取材のためにたっぷり時間を用意してもらえるよう事前にお願いし、工場の細かいところまでじっくりと見させてもらうことができました。対応してくれたのは貿易担当のエリアセールスマネージャーであるルディ・ハスマン氏。まじめなドイツ人青年という表現がぴったりのハスマン氏は、ハゼットの歴史的な製品に囲まれる応接室で、OHPを使い丁寧に自社の歴史から語りだしました。

オートモーティブ系で確固たる地位を築く

世界の工具メーカーが舌をまくハゼットの鍛造技術。1200度に焼かれた鉄を5回から6回叩く。
同社の創業は1868年、今から遡ること約140年も昔のこととなります。創業者のヘルマン・ゼファー氏の頭文字である、「H」と「Z」をもじってHAZETと名づけられた工具メーカーのスタートは、今日のウオーターポンププライヤーのようなものを製造する小さな鍛冶屋としてでした。それから5代目となる今もファミリービジネスの姿勢を貫き、決して無理な拡大路線はとらず、従業員550名、年商約75億円のヨーロッパを代表する堅実な工具メーカーの道を進んでいます。

ハゼットの特色は、ヨーロッパの多くの工具メーカーが総合工具メーカーとして産業、建築、DIY関係など様々なジャンルへの拡大路線をとるなか、オートモーティブ関連に注力しているところにあります。社屋の入り口にはポルシェなどレース関連のポスターが数多く展示されており、オートモーティブのイメージをかなり強く打ち出しているとともに、世界的に有名なサーキットであるニュルブルクリンクのピットのシャッターには、ハゼットのシンボルマークがずらっと描かれているほどです。

つまりハゼットは、ヨーロッパで開催されるオートパーツショーやハードウエアショーなどに登場するような、派手で大きなブースからイメージする巨大な総合工具メーカーなのではなく、オートモーティブに特化した専門的な工具メーカーなのだといえるでしょう。

ユーザーの視線に立った製品作り

応接室に飾られた古いハゼットの製品やカタログ。日本の工具メーカーではこういった古いものを大事に展示しているところは少ない。
ハスマン氏に「ハゼットが他の工具メーカーと比べてどのようなアドバンテージがあるのか?」と問いかけると、彼は「我々ハゼット社は長い歴史のなかでも、工具に高い品質を求めるユーザーに集中して商品開発をすすめてきました。ハゼット社のコアユーザーである意識の高いお客様とは、長い時間を掛けて深い信頼関係を築き、相互に意見交換ができる土壌があります。こういった信頼関係をベースに、ハゼットではユーザーからの視点に立った製品開発を長く行ってきたのです。その結果が今のハゼットの高品質工具のラインアップとなっているわけですね。良い工具を作り、それを売るというだけでなく、現場にある様々な問題を、革新的なアイデアを持って解決するエンジニアリングプロデューサーとし ての工具メーカーを目指していきたいと思っています」と極めて模範的な回答が返ってきました。

あたり前の答えのようにも感じられますが、ここまで工具メーカーとしての方針を現場の担当者が言える工具メーカーも、最近では少なくなってきているように思います。それなりのレベルの製品をコストダウンして大量に作り、世界中のありとあらゆるマーケットに大量投下して大量販売。こうして利益を挙げるスタイルが主流となっている現在の工具業界で、さすがドイツの雄『HAZET』らしい姿勢だといえるでしょう。

今後注目の3アイテム

「では、今後のHAZETはどんな商品に力を入れていくのか?」と聞いてみると、スラスラと3つのアイテムを挙げてくれました。ひとつめがトルクレンチ。これは世界的な流れでもあるが、数多くの素材が開発されるなか、今後トルク管理はこれまで以上にシビアに要求されるようになります。その需要が増えることも当然予想されますが、ドイツ国内の競合他社に負けずにマーケットをしっかりとキープしたい、ということでした。

2番目がツールトロリー(キャビネット)。ハゼットは1960年代後半から、「ツールアシスタント」というネーミングのツールトロリーを販売していて、ヨーロッパではこの分野でのパイオニアといえる存在。今後はさまざまなネジが登場してきて工具の多様化が進むことが考えられることから、工具の置き忘れや混入を防 ぐためますますその必要性は高まるでしょう。ハゼットでは、この商品に関して質の高い商品を低価格で供給するために、大掛かりな設備投資を行い、すでに稼動させています。

そして最後には新素材工具。これはステンレス100%の工具として2006年に日本で注目された、「HINOXシリーズ」。この工具はクローム系のメッキを嫌う医療関係や食品関係など、従来のオートモーティブ関連以外からも注目を集めているのだそうです。ハゼットファンとしてはこの3アイテムの今後の動向には是非注目したいところです。

本当に価値のある商品を作りたい

品質にこだわるハゼットの工具作りは大量生産方式ではありません。手作業と伝統的な製法で丁寧に作りあげています。
「最近、巷には使い捨ての決して品質のよいとは思えない工具が溢れるようになってきました。そんななか、我々は決して安くは無いけれど、本当に価値のある商品を作り販売し続けていきたい。そのためにも、“良い工具はどうして素晴らしいのか?”といった知識がもっともっと世の中に広まり、工具への理解が深まって、私達作り手とユーザーのみなさんがその思いを共有するようになること。それが私の夢です」と、ハスマン氏は最後に熱く語ってくれました。

金曜日の午後には業務が終了してしまうメーカーだって、作り手の願いは日本人の私と全く同じ。やっぱりドイツ人気質は日本人気質とかなり近いんだ。僕もあなたと全く同じ思いで今回ドイツまでやってきました。そう言って僕は手を差し伸べ固く握手したのでした。

※このレポートは高野倉匡人「工具の本2007」の取材記事をWEB用に再構成したものです。