人気ラチェット今昔

ラチェット選びの時間は上質工具の醍醐味を味わえる、工具ファンにとって特別なひと時だといえるでしょう。そのため、ラチェットコーナーはファクトリーギア各店でも人気のエリアです。ギア枚数、全長、首振り機能、グリップ感、などチョイスの決め手になるポイントも多く、各工具メーカーは、独自色を出すための開発に力を入れているアイテムです。
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

多ギア化の矛盾

2008年、スナップオンが小判型の完成形ともいわれた36枚ギアのラチェットの内部構造を劇的に変化させ、80枚ギアをリリースさせてから、世界のトレンドはギアの枚数競争ともいえる状況になっていました。世界中のトップメーカーから新興メーカーまでが多ギアラチェットの開発に血眼になり、スナップオンの80枚を超えるラチェットを作ろうとしてきました。

しかし、本来の多ギア化の目的は、送り角度を少なくして、狭い箇所でハンドルを振ることができるようにするという面だけではなく、少ないギアでは得られなかった柔らかいフィーリングを実現することにあったはず。ところが多ギア化によるクロウとギアの噛み合わせの浅さを解消するためには、噛み合わせ自体を強くする必要があり、結果として強いスプリングで2つのパーツを押さえることになってしまい、空転トルクが重くゴツゴツと硬いフィーリングの、ある意味本末転倒的な商品が市場に出回る結果を生んでしまいました。

そもそも、ラチェットのトラブルの多くはギアとクロウの浅掛かりであって、多ギアになって小さくなったギアでの浅掛かりを防ぐには、この矛盾する課題をクリアする必要があります。日本メーカーに関していえば、ネプロスは途方もない開発期間を費やして90枚ギアのラチェットを登場させました。対してコーケンは、新登場のZ-EALのラチェットであえて多ギアを避けることで、コーケンらしい空転トルクを追求。さらに切り替えレバーの使用感を優先するため、既存品と共通の構造を敢えて選択しています。
(別項の特集記事をご参照ください)

そして、このどちらの製品も今までのファンから受け入れられることに成功しています。

ラチェットレンチは、クルマやバイクの六角ボルト・ナットを回すためのものから、従来ではあまり使用されていなかった自転車、DIY、電子機器類などで使われているトルクスやヘックスにも使われるようになってきています。求められるトルクも、求められる使用フィーリングも対象が変われば大きく変わります。もはや、クルマのマーケットで圧倒的な存在感を誇るスナップオンの工具だけを追いかけなくても、市場の多様性が異なる価値観のラチェットレンチを受け入れているのです。

とはいえ、今後も多ギアラチェットはトレンドの中心となってくると思いますが、コーケンのような割り切りとこだわりを持った個性あるラチェットレンチも淘汰されることなく生き残るはず。工具ファンにとっては面白い時代がやってくることを期待しましょう。

スタンダードラチェット

時代を変えた日米小判型多ギアラチェットレンチの内部を見る。

スナップオン 3/8SQ 80ギアラチェット(F80)商品ページ
世界のラチェットの見本となった80枚ギアの内部構造は、かつての多ギアラチェットの常識を変える2つのパーツを使った独創的なもの。発売から数年が経過したことで、耐久性の良し悪しも気になるところですが、今のところ大きな問題はないようです。

ネプロス 3/8SQ 90ギアラチェット(NBR390)商品ページ
スナップオンの80枚ギアにチャレンジした90枚ギアの内部構造は、従来品のNBR3UNとは全く異なるメカニズムといえます。初期に発表された内部の写真と、現在のラチェットで使われているパーツにもちょっとした違いがあり、今なお進化し続けているというのが正しい状況といえるのではないでしょうか。
(リンク:音にもこだわったネプロスの90枚ギアラチェット

人気ラチェット今昔

機能が変われば、デザインも変わります。そこで、各メーカーの人気ラチェットがどのような変化を遂げたかご紹介します。

DEEN

平面的な切り替えフェイスから凹凸のある特徴的なヘッドデザインになったのは、切り替えをスムーズにして欲しいというリクエストに応えたもの。デザイン変更当初の凹凸形状から現在はエッジを効かせたシャープなデザインとなっています。

ネプロス

こだわった部分は、ヘッドの大きさをそのままに、ギアを36枚から90枚にすることだったというネプロス。初期モデルは出っ張ったプッシュキャンセルボタンが不評でしたが、現行モデルではフラットなスッキリデザインに変更されています。

ハゼット

スタイリッシュな旧モデルのほうが新モデルらしいハゼットのラチェットですが、今回の目的はトルクアップとのこと。但し、高トルクの多ギアタイプのラチェットを、モデルチェンジによりヘッドの大きいクラシカルなデザインにしてしまうのはちょっと残念。

スナップオン

従来型の内部構造とは大きく異なり、ヘッドの本体内部に溝を掘りつつ、クロウとギアの2つのパーツを使った画期的な構造により、高強度と耐久性の両面を実現。ヘッドは大きくなりましたが、古くからのスナップオンユーザーも納得のデザインです。

この特集は高野倉匡人「工具の本vol.7」の掲載記事をWEB用に再構成したものです。

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