世界の工具事情~スナップオンを始めとするアメリカの工具編~

『上質工具』というと、国産工具よりも、やはりアメリカやドイツなどの輸入工具のほうが日本では何十年も前から評価されていました。ところが、こういった『上質工具』とされる輸入工具は、実際に世界でどのように販売され、どのように使われているのでしょうか?日本にいると、なかなかそういった情報は伝わってきません。そこでここでは、これから工具の世界に飛び込んでみたい!という人向けに、工具を追い求めて各国を飛び回った私が、見たこと、聞いたこと、感じたことを紹介したいと思います。工具通の皆様には釈迦に説法の部分もあるかもしれませんが、ひとつ最後までお付き合いください!
text:高野倉匡人(ファクトリーギア代表)

工具は「バン」でゲットする

日本のバンよりかなり大きなサイズ。訪問先に十分な駐車スペースがあるアメリカならでは。
アメリカを代表する工具といえば、スナップオン。1920年代、ソケットとハンドルを分離して一本のハンドルで様々なサイズのネジを回すことを可能にしたのがスナップオンです。このアメリカのハンドツールメーカーが、その後全世界の工具メーカーに与えた衝撃と影響力は計り知れません。スナップオンは、その誕生から100年近くたった今も全世界で上質な工具として評価されているとともに、高価な工具としても同様によく知られています。

スナップオンは、なぜ世界中でその品質を高く評価されるメーカーになり、また、高価な工具となったのでしょうか?それは、スナップオンがとる販売スタイルと関係があります。スナップオンの販売方式は「デリバリーバン」という、工具を積んだバンを駆って、セールスマンがクルマ、バイク関係のメンテナンス現場をメインターゲットに、メカニックのいる現場を巡回する方式がとられています。

一週間のうちほぼ決まった日時に定期的に現場を訪問し商品の販売、メンテナンスはもとより、工具への要望などをヒアリングします。メカニックは持ち場を離れることなく工具を手に入れることが出来るうえに、工具のメンテナンスまでしてもらえるという、まことにプロのメカニックにとってはありがたい存在です。

日々現場の細かい要望に対応しなくてはならないセールスマンは、常にユーザーがなにを欲しているのか?現状の工具にある問題点はなにか?こういった現場の声をダイレクトに集める事が可能です。日本がまだまだ工具にたいして発展途上であった半世紀以上も前から、スナップオンの工具が上質で充実したラインアップを持っていたのも、ユーザーとダイレクトに繋がったこの販売スタイルによって集められた情報を開発に生かしてきたことが大きいといえるでしょう。

手間とコストと価格の問題

これも日本よりかなり大きなMACツールのデリバリーバン。文字通りのアメリカンサイズ。
ところが、この販売方法は大規模ホームセンターのような拠点集中の大量販売ではないので、決して効率的はいえず、販売には手間とコストがかかります。また、現場から集められた情報をもとに進められる商品開発もラインアップの充実にはなるものの、同時に莫大なお金も必要となります。スナップオンの価格が高い理由には、こういったバックグラウンドもあるのです。

アメリカの工具メーカーには、他にもこの販売スタイルをとっているMAC(マック)ツール、MATCO(マトコ)ツールなどがあります。スナップオンと同様に大きなバンに派手なロゴをあしらったバンでカーディーラーエリアを走りセールスする彼らの工具もやはり高価です。

スキル=仕事力=稼ぐ力→工具

アメリカのメカニックは、仕事で使う工具のほとんどを自費で購入します。ホワイトカラーが語学を習得したり、PCソフトの操作を習得するために自費でスクールに通ってスキルを身につけるのと同様に、彼らメカニックにとって工具を買うという事は自身の仕事のスキルアップに欠かせないことなのです。

だから、メカニックがスキル=仕事力=稼ぐ力につながる工具にこだわるのは当然のことといえるでしょう。当然、価格にもシビアになると思うのですが、現場でスナップオンを使うメカニックに訪ねるとそうでもありません。現場のメカニックにスナップオンの工具の価格について訪ねてみると、このデリバリーバンの販売システムを評価していて、思ったほど価格の高さへのストレスは感じていないようでした。

工具は多少高くても、楽に工具を買えて、しかも安心して使える。スナップオン、マック、マトコなどのデリバリースタイルの上質工具メーカーへの評価は便利な販売スタイル、アフターサポートなどを含めたトータルの評価だといえるのかもしれません。しかし、この工具へのトータルでの評価は、今、ひとつの弱点ともなっています。

セールスとアフターサポートの密接な関係

2005年にアメリカ最大のカーアフターマーケットの展示会に出展したときのことです。私は、車関係のメカニックからこんな声をたくさん聞きました。

『大手のカーディーラーなどへは一生懸命に回るけど、小さい会社や個人のところにはなかなか来てくれない』

『買っているうちは来るけど、ちょっと買わなくなったら来てくれなくなった』

『セールスマンが変わったらアフターサポートしてくれない』

聞いていた私は『それは大変ですねえ。困りましたねえ』と、言ったものの、でも、それは仕方ないよなあとも思っていました。大手のディーラーであれば、メカニックも定期的に変わるから、毎週通っても新たに販売チャンスは出来るでしょうが、小さな工場や個人はある程度買い揃えてしまえば、あとはアフターが中心となってしまいます。販売しなくては生活できないセールスマンは、販売できないユーザーへは自然と足が遠のくのは仕方のないことです。(でも、本当に出来るセールスマンはきっと売れないところもしっかりサポートし続けているのでしょうが・・・)

しかし、商品としての品質だけではなくプラス、アフターサポートというトータルの魅力を感じて工具を購入したユーザーにしてみれば、これは大きな不満となってしまうのも無理はありません。

アメリカンなクラフトマン

こういったストレスを感じるユーザーの受け皿となっている工具が「クラフトマン」です。クラフトマンは全米にあるシアーズという、日本でいうところの大手スーパーで誰でも簡単に購入する事ができます。少々工具にこだわるアマチュアのガレージでは圧倒的ともいっていい人気ブランドで、そのラインアップの豊富さからプロにも愛用されている工具です。そんなアメリカンメジャー工具は、日本の工具好きにも比較的よく知られたブランドなのですが、上質工具としては少々不安がある存在でした。

ところが最近シアーズに行って、ちょっと様子が変わってきていると感じました。たしかに、格安のセット品などもあるのですが、あきらかに大手のホームセンターなどで売っている格安工具とは格が違う品質となっています。アメリカ製であることを謳った工具は価格もそれなりにしますが、品質も数年前に比べるとかなりよくなっていて、ラインアップも豊富に揃います。このクラフトマンの存在が長きに渡り、アメリカのプライベーター達の充実したガレージライフを強力にサポートしていることは間違いありません。アメリカではホントにメジャーなクラフトマンですが、日本ではなかなか手に入れにくい工具でもあるので、工具好きの仲間へのアメリカみやげに買うアイテムとしてはオススメです。

 

※この特集は高野倉匡人「上質工具入門」の記事をWEB用に再構成したものです。