工具と「角度」のお話 ラチェットの送り角度

今回から、不定期ですが工具と「角度」の関わりについてご紹介していきます。

工業製品である以上、工具を形作る過程で様々な「角度」が何らかの意図で決められていきます。

工具と密接に関わりのある角度を様々な視点で見ていきましょう。

ラチェットの送り角度

ラチェットの送り角度とは、ラチェットハンドルを振ったときの角度、振れ幅のことを指します。この角度はつまるところラチェットのギアの山数です。

送り角度が大きいということはギア数が少ない、逆に送り角度が小さいということはギア数が多いということになります。

近年の新型ラチェットルハンドルの多くはギア数の多いモデルが中心となっています。

ネプロス 3/8SQ ラチェットハンドル90ギア NBR390

前モデルの36ギアから2倍以上の90ギアに進化した現行モデル。国内外の工具メーカーを含めても小判型ラチェットハンドルとしてギア数の多いモデルのひとつ。日本人好みのボディバランスとハイクオリティな表面仕上げも特徴。

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ユーザー側の声や作業環境(特に自動車などのオートモーティブ系の整備)を反映したものだと考えると、ギア数の多いモデルが便利なように感じられますが、実際に工具メーカーで販売されているラチェットハンドルにギア数の少ないモデルもラインナップされていることが少なくありません。

KTC 9.5sq.ラチェットハンドル BR3E

neprosのラチェットハンドルに対しスタンダードモデルは外観デザインや一部機能をリニューアルしつつも36ギアを継続。シンプルなデザインながら安定した作業が期待できるのでまずこのモデルから選ぶユーザーも多い。

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次項でギア数の違いによるメリット・デメリットを確認していきます。

ラチェットのギアは多い方が良い?少ない方が良い?

ギア数の多い少ないというのは明確な基準がありませんが、ギア数の細かさで評価を得たFACOMの「J.161」というモデルが『ギア数:72』という仕様でしたので、ここを基準にギア数の違いを考えてみます。

現在工具メーカーの主要なモデルでギア数が多いモデルは72~80ギア、少ないモデルは36ギア前後と分けられます。

DEEN 3/8sqラチェットハンドル DNR3-07R

FACOMのラチェットハンドルと同じく丸型ラチェットハンドルの系統でギア数も同じく72ギア。現行モデルは日本人のユーザーに合わせて切り替えレバーのフィーリングや持ちやすさをブラッシュアップ。

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ギア数の多いラチェットハンドルのメリットはハンドルの振り幅を抑えることで自動車のエンジンルームなどクリアランスの狭い作業環境で活躍できることです。

ギア数が少ないと送り角度が大きくなる分ハンドルを大きく振らないとラチェット機構を機能させる事ができません(送り角度分ハンドルを振らないと連続してギアが回らない)。

そこでギア数が多いモデルは小さい振り幅で使い続けることができるので狭い場所での使用に向いており、また作業者も最小限の動作でハンドルを振ることができるので作業自体のスピードアップにも繋がります。

スナップオン 3/8SQ 80ギアラチェットハンドル F80

スナップオンの定番モデルであった「F936」の36ギアから一気に80ギアへモデルチェンジした現行モデル。フィーリングの変化を伴ったが従来の耐久性の高さと作業領域が広がったことでより使い勝手が良くなった。

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またハンドルの全長が長いモデルは送り角度が大きいとグリップエンドの振り幅が比例して大きくなるので、こちらもギア数の小さいモデルが奥まった場所にアクセスしつつコンパクトに振ることができます。

スナップオン 3/8SQ スイベルヘッドラチェット100枚ギア FHNF100

こちらもスナップオンの「FH747」と呼ばれたスイベルラチェットが、メーカー内で最もギアの多い100ギアへモデルチェンジ。ボルトの垂直方向からもアクセスできる便利さにより繊細なハンドル操作が可能になったことで、販売後数年立っても人気が衰えること無く注目されている。

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一方でギア数の少ないモデルのメリットは、耐久性やトルクフルに使える、内部の部品構造をシンプルにできるという点が一般的に挙げられます。

ギア数が少ない事で部品のディティールが複雑になり過ぎないので故障のリスクを抑え、ギア同士の噛み合わせがしっかりしていることで、不具合の一例である「ギア飛び」といった症状が出にくくしっかり力を掛けて使えるというのが現在もラインナップされる理由だと推測されます。

しかし耐久性においては主要な工具メーカーの各モデルでギア数の違いによる明確な差がなく、壊れにくいやトルクフルに使えるというのはある程度ユーザー側の感覚や使い方に左右されるものだと感じます。

少し話は逸れますが、整備作業などはラチェットハンドル一つで全てまかなう訳ではなく状況に応じて様々な工具を使い分けて効率よく進めていくものなので、工具の総合的な使い方を考える時にギア数の多さが工具メーカー内のコンセプトや設計思想においてそれほど重要でない(他の工具や機能を優先させた方が最終的に良い作業に繋がる)場合、あえてギア数の多いラチェットハンドルを設定しないということは大いに有り得ます。

【Z-EAL】KO-KEN 3/8SQ スタンダードラチェットハンドル 3725Z

このラチェットハンドルを製造している工研も積極的にはギア数の多いモデルを設定していないメーカーのひとつ。その分ラチェットの空転トルクの高さやソケットとの嵌め合いの安定感など作業する上でのストレスを軽減するような設計が盛り込まれている。

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物理的に狭い作業環境ではギア数の多いラチェットハンドルがやはり有利と言えますが、バイク・自転車などボルトへのアクセスが自動車と比較して容易でクリアランスがしっかり取れるような場合はギア数だけを極端に気にするより、持ちやすさや重量バランスなども考慮してもらえればと思います。

送り角度は関係無い!?ラチェットハンドル

ギア数についてあれこれお伝えしましたが、ギアの数など問答無用!というようなラチェットハンドルもあります。

①スナップオン 3/8SQギアレスラチェット  FZERO

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見た目は丸型のラチェットハンドルのようですが、通常ギアがある部分に特殊なワンウェイのベアリングを内蔵しギア駆動時のような送り角度が実質存在しません。

任意のハンドルの振り幅で使えるので通常は動かしやすい範囲でハンドルを振り、狭い場所は細かく振る、といった使い方ができます。

②DEEN クイックツイストラチェット DNR-60TWS

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こちらは通常のギア駆動によるラチェット機構が組み込まれていますが、最大の特徴としてハンドル内部からラチェット機構へもリンクしており、グリップを撚ることで先端も回転できる仕組みになっています。

スナップオンのギアレスラチェットは僅かでもハンドルを振ることで使用できますが、こちらはハンドルを撚るだけでいいのでヘッドの幅さえ確保できれば「送り角0度」で使用する事が可能なのです。

もともとヨーロッパの工具メーカー中心に販売されていましたが、近年はドライバービットの差し替え機能などブラッシュアップしたモデルが登場しています。

ギアレスラチェットもクイックツイストラチェットも通常のラチェットハンドルと異なるラチェット構造のため、過剰な負荷を掛けた使用は厳禁です。それこそ使用状況を踏まえてギア数の多い/少ないラチェットハンドルと使い分けてください。

まとめ

・ラチェットハンドルのギア数がハンドルの振り幅に関わるので、狭い作業環境にはまずギア数の多いモデルを使い快適な作業を。
・クリアランスの取れる作業環境ではギア数にとらわれずラチェットハンドル自体の使いやすさ、また他の工具との組み合わせを考えましょう。
・通常のラチェットハンドルでは困難な作業ではギアレスラチェット、クイックツイストラチェットも候補に。